素直でいれたら生きやすい世の中だと思う
最近私はゆーりんちー
第1話
子供の頃から気を遣って生きてきた。
兄がやんちゃでよく親を困らせていたせいもあり、私は親からいい子であることを望まれた。そんな親からの期待もあり、私はすくすくといい子に育った。
兄のようにやんちゃして、周りの人を困らせてはいけない。周りに気を遣って、いい子に生きるのだ。
私にとっていい子であるということは、存在意義であり存在価値だった。
大人になっても気を遣って生きる毎日。今日も仕事を頼まれ、断れず残業になってしまった。
「最近、毎日残業でつらいなあ。」
夜10時のオフィスは私の他に誰もいない。なので、独り言も心置きなく声に出す。
今働いているwebシステムの制作会社では、エンジニアとしてHPやECサイトの作成などをしている。今日は、クライアントからの無茶な要望が入り、それに対応してくれと上司に頼まれて残業中だった。
同僚や先輩は恋人との予定や子供がいるからと早く帰ることが多く、何の予定もない私は自然と残業が多くなった。
私だって、家でゆっくりしたいし、恋人作って遊んだりしたい。でも、頼まれたら断れないので、いつもたくさん仕事こなした。
仕事が終わり、会社を出て地下鉄の駅へ向かった。先頭の車両に乗ると改札が近いからと、いつもホームを端まで歩く。珍しくホームの端に一人先客がいた。黒いリュックを背負ったスーツの男性。立って本を読んでいる。
彼のバックにはオレンジ色の鳥のキーホルダーが付いていた。整った顔立ちにスーツがビシッと決まっている彼には、キャラクター物のキーホルダーが不格好で違和感があった。
「まもなく列車が通過します。ご注意ください。」
アナウンスが入り、快速の列車が通過した。
ファーーン
大きな音とともに列車が通過し、地下鉄のホームに強い風が吹いた。その風は、男性の持っていたしおりを飛ばし、私の足元へそれを運んだ。
しおりを拾うと、そこにもリュックについてたキーホルダーと同じ鳥が描かれており、これは何のキャラクターなのだろうと不思議に思った。
だいぶ不思議そうな顔でしおりを見てたんだろう。男性が申し訳なさそうに近寄ってきて話しかけてきた。
「すみません、ありがとうございます。もしかして、ブッコローのこと知ってますか?」
唐突によく分からないことを聞かれて、答えがしどろもどろになる。
「え、あ、いえ。知らないです。」
「すいません、急に失礼しました。あまりにもしおりを凝視してらしたので、つい、ブッコローを知っているのかと。」
「あ、いえ、あなたのリュックにも同じキーホルダーが付いてたので、、」
「あ、これですか?」
彼が、体をひねってリュックについているキーホルダーを見せてくる。
「こいつはブッコローって言って、有隣堂っていう本屋さんのyoutubeに出てくるキャラクターなんです。」
私は神奈川が地元なので、有隣堂は参考書を買うときなどによくお世話になっていた。本屋がyoutubeか。意外な組み合わせだなと心の中で驚く。
「このyoutube、見たら絶対元気になれますよ。よかったらぜひ見てみてください。」
そういって、男性は元居たところへ戻っていく。
それから少しして、電車が来たので乗り込む。電車内ではスマホを触っている人をよく見かけるが、残業続きで疲れている私にはそんな元気はない。
本当にしんどいなあ。頭の中はそのことでいっぱいになりぼーっとしてしまう。
何駅か過ぎた頃、ふと、目の端に先ほどの彼が写り、自然とブサカワな鳥のキーホルダーに目が行った。
彼はこの鳥の出てくる有隣堂のyoutubeは元気が出ると言っていた。今の私にはピッタリかもなあ。
先ほどの男性の言葉が妙に引っ掛かり、少し興味が出始めていた。
残業をして帰ると家につくのは、10時過ぎ。そこからご飯を食べ、お風呂に入りとやっているとあっという間に12時近くとなる。
本当に毎日寝て起きて会社に行っての繰り返し。真面目にいい子にやればやるほど、しんどくて、生きづらい世の中。
私の唯一の楽しみは、寝る前のyoutube鑑賞だ。猫や犬の動画をあさって癒されるのが日課だった。チャンネル登録している大好きなぬこ様を見終わり、次は何見ようかと思っていたら、おすすめの欄に彼のリュックについてたあの鳥(確か名前はブッコローだったか)が出てきた。びっくりしたがこれも何かの縁だろうとクリックしてみる。
「ドュドュドュドュッドュ!今回はこちら蓄光文具のせかーい」
軽快な音で始まったそれは、ブッコローとやさしそうなおばちゃんが文房具の紹介をするyoutubeだった。
なんとなくで見始めたのだが、その内容にはとても驚くことがあった。それは、ブッコローが忖度なく、紹介する商品に文句を言うところだ。
「ザキー、これ高いよー。」
「こんなん使わなくなーい?」
そんなに正直に言って大丈夫なのか?こちらが心配になるくらいズバズバとモノを言う姿に感心すると同時に「確かになあ。」と共感していた。
ブッコローを見てると「フフッ」と笑ってしまうところも多く、一個見終わったら、もう一個見てみようと、わんこそばのごとく、動画をおかわりしてしまう。
確かにこれは元気になるなと、電車の彼に感謝して、その日は消灯した。
その日は変な夢を見た。
「課長!この仕事は私一人ではできません。同期の子やあの先輩は早く帰るのに、私だけこんな仕事が多いのはおかしいです。」
仕事を振ってきた上司に毅然とした態度で言い返す私。周りの同僚のにやにや顔に上司の怒り顔。
「なんだその態度は!そんなこと言うならクビだ!!」
そういわれたところで目が覚めた。
朝から最悪の目覚めだ。昨日見たブッコローの影響だろうか、自分の意見をはっきり言っている夢をみた。
最後に自分の言いたいことを言ったのはいつだろうか。いつも人に気を遣っているせいで、自分の意見よりも周りの意見を尊重してきた。自分の意見を言うのって難しい。だから昨日ブッコローを見て、面白いと同時にすごいなっという尊敬の感情もあったのだった。
結局、今日もすこし残業した。残業なんてしたくないといえず、言われるがまま。今日は帰り道が一番つらかった。仕事の内容というよりも、残業を断れない自分が情けなくて、心がやんでいた。そのせいだろうか、ホームにつくと急にめまいがして動けなくなってしまった。頭が痛い。なんだか寒気もして、体中の血液が冷えて固まっているみたいな感覚がする。軽い貧血だった。近くの壁に寄りかかって、回復するのを待つ。
「しんどい。」
つい、ぽつりと独り言がでた。こういう時、一人でいるとなんだか泣きそうな気分になってくる。自分を責めてはいけないと思えば思うほど、自分が情けなく思えてきて、悪いほうへ気持ちが悪循環していく。早くベットで横になりたかった。
「大丈夫ですか?」
急に男性の声がして、体がビクッとなった。
「あ、驚かせちゃってごめんなさい。ただ、あまりにも辛そうだったので。」
声の主は昨日のしおりを落とした男性だった。
「ありがとうございます。軽い貧血ですので大丈夫です。」
「遅い時間ですし、駅の中とはいえ女性が一人は危ないですよ。今お水買ってきますから待っててください。」
お気遣いなく。そんな言葉をかける前に彼は行ってしまった。
彼は、水とホットココアを買って帰ってきて、どちらが飲みたいか聞いてくれた。ここまで来たら断るのも悪い気がして、ココアをいただく。
「ありがとうございます。お金を。。」
「いいですよ、これくらい。」
「え、でも、、」
「じゃあ、次このホームで会った時に飲み物おごってください。」
相手に気を遣わせないような断り方。この人は優しい人だなあと心がじんわりと暖かくなった。
「ありがとうございます。」
もう一度しっかりとお礼を言った。
「いえいえ、いいんですよ。それよりも、体調は本当に大丈夫ですか。昨日も少し疲れた顔してましたよね?」
しおり拾ったことを覚えててくれたのかと、驚いた。
「昨日のこと覚えてるんですね。」
「あー、はい、ついついしゃべりすぎてしまって後から恥ずかしくなってたところだったのでよく覚えてます。昨日も急に話しかけてしまってすみません。」
「いえいえ、おすすめされてたyoutube見ましたよ。とても面白かったです。」
「えっ見てくれたんですか!?うれしいなあ。ありがとうございます。」
楽しそうに笑いかけてくれる彼。こちらも少し笑顔になる。
「少し元気が出たみたいでよかったです。昨日もそうだったんですけど、あなたの周り、なんだか、負のオーラが漂ってましたよ。」
いきなり失礼じゃないかと思うようなことを言ってきた彼だったが、その通り過ぎて反論の余地はなかった。
「そうですよね。ごめんなさい。」
弱弱しい声で答える。
「いえ、謝ることではないと思いますよ。何かつらいことがあったんでしょう?人生って色々大変ですもんね。」
同情の顔を向けられる。少しの沈黙の後、彼が私に聞いてきた。
「昨日、youtubeでブッコローを見てどう思いましたか?」
唐突だったので、必死に思い出しながら頑張ってこたえる。
「えっと、、リアクションやツッコミがおもしろいなあって思いました。」
「他には?」
「うーん、すごく素直?言いたいことなんでも言うから面白かったです。」
「ですよね。自分もあの毒舌で思ったこと素直に口にするところ好きなんですよ。
自分は昔、本当に人生つらくって、どん底だーって時があったんです。でも、その時にブッコロー見て、自分も言いたいことを言うようにしてみようかなって思ったんです。それで、少しずつ自分の気持ちを話すようにしたら、助けてくれたり、話を聞いて理解してくれたりする人が沢山いてくれたんです。
だから、辛いときほど、わがままに。言いたいこと言うようにしてみるといいですよ。」
この人にもそんな過去があったんだとぼーっと聞いてしまう。
「あ、急アドバイスなんてしてしまってすみません。」
なんだか申し訳なさそうにする彼に、とりあえず、社交辞令で返す。
「いえ、とても参考になりました。」
お礼の言葉とは裏腹に、すごく心がもやもやしていた。言いたいことを言う。言葉でいうのは簡単だが、今までいい子で人の顔色ばっかり窺ってきた私にはとても難しく思えたからだ。
つい、ぽつりと言ってしまう。
「怖いんです。言いたいこと言ったら嫌われるんじゃないかって。。」
うつむく私に彼が言った。
「そうですよね。でも大丈夫です。
だって、あなたはすごく頑張っている。そんなの顔見たらわかります。」
力強い声。きっと、私のことはそんなに知らないだろうけど、それでも、認めてくれるのが嬉しかった。
彼が続けて言う。
「だからちょっとくらいわがまま言っても大丈夫ですよ。普段頑張ってるあなたの言葉なら、みんなちゃんと聞いてくれます。
それでもし、誰かがあなたを否定したとしても、私はあなたの頑張りを肯定します。」
久しぶりに誰かに応援してもらえたことがうれしくて、少し視界がぼやける。
「ありがとうございます。」
私はうつむきながらお礼を言う。
「断るのには少し勇気がいるものです。勇気を持つのは大変だと思いますが私は味方ですから。」
優しい言葉をくれる彼はすごく頼もしく思えた。
次の日、就業2時間前、また残業を頼まれそうになった。課長が資料をもってやってくる。
「ちょっとこれお願いできる?」
来た。内心ドキドキしながら課長を見据えて答える。
「すいません、課長、私も定時で帰りたいです。仕事を分担してみんなでやるってことはできませんか?」
課長のおどろ置いた顔。やってしまった。そんな不安が胸をいっぱいにする。
しかし、課長からの返答は思いもよらないものだった。
「そうだったのか。君は仕事を頼んでも愛想よく受け取るし、仕事が好きで、残業してるのかと思ってたよ。おーい、この仕事手伝える奴いないか?」
課長が周りを見回しながら声を出す。
「あ、俺やりますよー。」
いつも早く帰る先輩さんが通常運転とばかりに仕事を受けた。
特に特別なことは起こっていない。いつもの風景といったような時間が流れる。
なんだこんな簡単なことだったのか。肩の力が一気に抜けた。
もっと怒られると思ってビビっていた自分が馬鹿みたいに思えてきた。気を遣うことばかり考えて生きてきたけれど、もっと気楽にわがままに生きてもいいんだと。この年になってやっとわかった気がした。
これから先、直ぐには変われないかもしれないけれど、すこしづつ言いたいことを言える自分になっていきたいとそう思った。
まずは昨日の彼に気持ちを伝えられたらいいな。
素直でいれたら生きやすい世の中だと思う 最近私はゆーりんちー @you-rinchi_misaki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
香り広がるガラスペン/最近私はゆーりんちー
★3 二次創作:R.B.ブッコ… 完結済 1話
痴者の書/深海うに
★6 二次創作:R.B.ブッコ… 完結済 1話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます