忘れられない号哭

薄暗く、不気味な雰囲気を醸し出しているが、俺たちは進む必要があった。

魔王討伐を任され、ついに魔王城までたどり着いたのだから、引き返す理由が無かったのだ。

周りを注意深く観察しながら、進んでいく。

敵に襲われても、すぐに動ける勇者の俺は前。俺の後ろには弓使いのユーゴと、僧侶のルイース。少し離れて警戒しているのが戦士のリアムだ。


「なぁ、全然敵が出てこないな」


リアムが呟いた。ユーゴが同調するように


「そうだよな。魔王城なら敵がたくさん待ち構えてると思ったのに」

「俺もユーゴと同じこと考えてたよ」

「アオイは一番前にいるんだから、振り向くのは危ないですよ」


ルイースは怪訝そうな顔をして、警告してくる。俺は前を向くかと決意したところ、リアムが


「アオイ!」

「どうした?リアム」

「俺、警戒するの飽きた!前に行きたい!」

「駄目に決まっているでしょう!何のためにこの配置にしたと思っているんですか?」

「ルイースのいう通りだ。大人しく配置についてくれ」

「ユーゴもルイースも冷たいなぁ」

「前にしてやりたいが、お前の能力を見込んで後ろになったんだ。後ろで俺たちのことを守ってくれよ」

「分かったよ」


リアムが返事をしたら、この部屋の空気が重たくなった。

魔力で満ち、緊張感が流れた。それぞれが武器を構えていると



ブオン



大きな火の玉がこちらに飛んでくる。

俺は剣で切ろうとする前に、ルイースが防御壁を前に作り、火の玉は全てはじかれた。

空間に爆音が響き、壁が壊れ、砂埃によって周りが見えなくなる。

飛んできた方向から、子どものような甲高い笑い声が聞こえてきた。


「アハハハ!やっぱりここまで来たら、そりゃ避けられるよね~」

「誰だ!」


リアムが叫び、声のする方へ走り出したので、俺も一緒に剣を握りなおして、追いかける。

視界を奪っていた砂埃が落ち着くと、宙に浮かぶ一人の女がいた。

背中には漆黒の羽を持ち、無邪気な顔でこちらを見ている。

女性でもなく、子どもでもない、人間でいう10代くらいに見える容姿で、攻撃するのを躊躇ってしまう。

リアムも立ち止まり、動けていない。ユーゴが


「なぜ君くらいの子がここで戦うんだ?」

「私は魔族だよ。若く見えるかもしれないけど、これでも一応幹部なんだからね。なめてるとしんじゃうかも?」

「ユーゴも躊躇ってはダメだ!幹部クラスは、初めてだから気を抜くなよ」


ルイースが叱咤をする。俺もその言葉にハッとして、気合を入れた。


「俺たちの世界に平和をもたらすため!ここで死んでもらう!」

「ふーん。まぁどうでもいいけど…」


鼻を鳴らし、こちらをあざ笑うような目をしている彼女。手をゆっくりと上げて、口を動かすと、俺の前にいたリアムが消えた。


「なっ!?」

「お仲間さんは城の外にいるから安心してよ。私は勇者だけと戦いたいの。その方が全力で戦えるの」


彼女の言葉に後ろを振り返ると、ユーゴとルイースも消えていた。

俺は彼女の言葉を信じられないが、とりあえず倒すしかない。彼女を睨み、どう出るのかを待ち構えていたところ


「ねぇ、居場所を無くしたことってある?」

「急になんだよ」

「私はあるんだ~。ここが無くなるとね、私、また1人になっちゃうの…。だから、勇者様は死んでくれる?」


クリスマスプレゼントを望む子どものようだが、瞳には寂しさが宿っているように感じた。

彼女は火の玉を大量に生み出して、俺の方へ飛ばしてくるのであった。







壁にもたれる彼女。

俺はやっと彼女を見下ろすことが出来た。このままとどめを刺せば、彼女は消えてしまうだろう。

少女のような見た目の彼女を殺すのはしたくないが、俺たち世界の平穏のために、彼女を殺すしかない。

剣を構えて、浄化の魔法を放とうとすると、彼女は顔を上げた。

俺は危ないと思って、彼女から離れてしまう。

彼女は俺を睨みつけながら、手を耳に当てて叫び始めた。


「私は勇者を倒すことが出来なかった!彼の仲間は近くの村に飛ばしたから、まだ近づくことは無いだろう。勇者はここにいる。勇者を倒せるのはおそらくいないっ。…だから、逃げてくれ!私は勇者を足止めする!早く魔王様を連れて逃げろ!」


俺は彼女の行動に驚いて、何も出来なかった。

魔族が仲間に危機を知らせる者はいなかった。今まで戦ってきた魔族は死にたくないと叫び、助けを願うものばかりだった。彼女は魔族のタイプで初めて見たのだ。

困惑している俺を睨みつける彼女は、最後の力を振り絞って、仲間を逃がすつもりのようだ。

俺は魔王を逃すわけにはいかないので、彼女を殺そうと詠唱を始めた。

しかし、彼女も地面に両手を付いて、この空間を纏う魔方陣を形成し始めたが、俺の方が早いだろう。

ボロボロになった彼女によ負けるはずがないので、俺は彼女に聞いた。


「俺は仲間を逃がそうとする魔族を初めて見た。君だけが特殊なのか?」


彼女は苦しそうながらも、嘲笑うように


「魔族が、人間のように、仲間思いじゃいけないの?…私も人間と同じように、守りたいもののために戦っているの。だからあなたを追い出さなきゃいけないの!」


叫び終えた彼女は、俺が放出した魔術によって、倒れていく。

俺の方を見て、彼女は泣いているのか、笑っているのか分からない顔で


「ばーか!私の勝ちよ!」






俺は魔王城では無い場所に立っていた。

仲間たちが近くにいて、俺に話しかけてくる。


「大丈夫か。アオイ」

「無事でよかった」

「死んだかと思った」


ユーゴ、ルイース、リアムの声がして力が抜けた。

慌てている仲間たちの声を聴きながら、彼女を思い出していた。

俺に疑問を抱かせた彼女を俺は忘れることが出来ないだろう。


前のように素直に剣を振ることが出来なくなってしまった。

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