紫苑の便り

 紫苑を渡された。それは、見ていた景色を全て灰色に変えてしまうほどだった。

紫苑の紫色が毒だったのかもしれない。何も考えられなくなってしまった。言葉にすることもできなかった。ただロボットのように言われたことに従うだけになった。


 紫苑の便りに書かれた内容を、受け止められない自身の弱さに呆れつつ、その便りの元へ向かう準備をする。重たくなった体を無理やりでも動かして、歩いてその場所へ向かうのだった。

 向かっている最中も、真実ではない可能性を何度も何度も考えた。しかし、真実の可能性、いや、真実でしかないのだ。嘘をつかれるメリットなんて双方にないからだ。それでも、真実を受け入れたくないから、メリットがあちらにあるかもしれないと、ずっと考えていたのだった。


 近づけば、数日前に来たことを思い出す。その時は明るかったはずの道が、今では暗く見えた。前よりも日の当たる時間帯だが、こちらの方が暗く見えた。

 足がだんだん重くなる。進みたくないと、鉛が増やされたようで、歩幅が小さくなる。もう、帰りたくなった。確認したくなかった。真実を突き付けられるから。でも、突き付けられないと私は受け入れられなくて、明日も何も手に付かないまま学校に行って、モヤモヤしたままでいるのももっと無理だった。

 隣を歩く母を見れば、あの時と同じ黒い服を纏っている。オーラだって、同じだった。便りが真実なのは、分かっているんだ。頭では理解しているんだ。でも、見なきゃ納得できないと、失ったということを実感しないと本当に何もわからないから。

 頭は理解できても、心がそれを受け入れなきゃ何も納得しないことを知っている。

これから、何日も失ったことに気づいて、悲しんで、後悔することを知っている。


 玄関に向かえば、母と同じように黒い服を纏った人たちが出てくる。そして、親友の母親に


「ありがとう、来てくれて」


と優しく声をかけられた。親友の母親よりも、私は玄関から見えた木箱。見覚えのあるものがあった。

何も返事をせず、母が代わりに何か言っていたが覚えていない。あぁ、あの時の空気だ。胸がつぶれてしまいそうになる空気だ。


 靴を脱いで、木箱の前まで向かう。額縁を見て、線香の匂いを感じて、胸が苦しくなってきた。

 額縁にいる顔は笑っているのに、中で眠っている親友は表情を浮かべない。数日前まで熱をもっていたはずなのに、冷たくなっていた。線香に火をつけて、しみじみと実感させられるのだった。便りは嘘ではなかったことの証明だった。

 

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