「裏内屋敷」対「乾森学園」 

プロローグ 恋石団地13棟13号室

 都内恋石こいいし団地。


「おい…俺たちは13棟の部屋の『掃除』を依頼されてたんだよな。そんなごくありきたりの仕事が、なんでこうなってる」

 銃を構えながら宮上みやがみしたが呟く。

 ショートヘアに青い作業着の彼女は、いつものように迷いなく弾丸を装填する。

 「……13年前、住民が謎の失踪を遂げて以来住む住民が悉く消え失せる『事故物件』」

 懐から札を取り出しながら園村そのむらすなが依頼内容を復唱する。

 神父服を着た彼は聖水、聖杭、聖剣という過剰な装備を常にコストを度外視してでも乱発する。虫一匹を追い払うのにマシンガンを持ち出すようなものかもしれない。


 怨霊、怪異は問答無用で即排除が信条の根っからの戦闘狂にして徹底的に効率性重視の装備の戦闘員プロと、効率度外視の過剰装備で、灰も残さないオーバーキルしかできない悪霊祓い《エクソシスト》。

 改めてみると普通のスーツで、基本的に平均的な祓いの技術しか使わない私って、この職場で浮いてるような…


 私がそんなことを考えて現実から逃げている間に。

 13号室の中で生まれた巨大な不定形の肉塊によって建物が倒壊した。


「なんでこんなB級怪獣映画みたいな状況になってんだよ、なあかのえ!!」

 上から降ってくるがれきを躱し銃を乱射しながら、宮上先輩は隅で座り込んでいた私をどやしつけた。


 え、私?

 今も邪魔にならないように隅でじっとしていたのに。

 手伝え? 足手まといならいない方がいいよね?


「やめてくださいよ、宮上先輩。それじゃあ私がこの気持ち悪いグログロモンスターを呼び起こしたみたいじゃないですか」

「だから僕はこの子を連れてくるのは反対だった」

「そんな、園村先輩まで」

 ひどいな~後輩に責任転嫁なんて。

 泣くぞ? ただでさえメンタル最低クラスなんだから。

「砂、アンタは聖水と詩篇の補充をしろ。そうでないとあの解像度が無駄に高いグロスライムはドンドンでかくなるだけだ。それから」

 こちらに向き直って宮上さんは私を見た。


「新人、おまえは何もするな。まかり間違っても『スプレー』を使おうなんて思うな」


「それじゃあ私ここにいる意味ないじゃないですか・・・」

「文句は後で聞く。庚游理かのえゆうり、絶対にこれ以上ややこしいのを掘り出すなよ」

 銃撃を続けながら宮上先輩が返す。

 あの巨体相手だと普通の銃なら意味がないはずの攻撃。

 だったら普通じゃないものを使えばいい。

 専用に調整された銃から打ち出される特別製の弾丸は、確実に着実にひとつひとつ肉を抉っていた。

 

 だけど用意していた聖別弾でも決定的なダメージを与えられない。それほどまでに相手が大きすぎる。何より抉れる度に再生するその速度に攻撃が追い付かない。

 異界の神もどき、蛆。存在するだけで現世を汚染し続ける病原菌。巨体の内部は理解を超えた別法則の世界。

 いかに凡百の怨霊を一撃で払う弾丸でもそれには届かない。到達できない。

 

 だから本命は別にある。


「かくして楽園を追われ嘆き地に増え海に流れ出でる我ら種の罪を主は嘆き我らを浄化せしめん我らそれに許しを請いてここにいたりて化外のそれをもって贖罪の供物とせんことをここにかしこみかしこみつもうしあげるてんでなくうみのそこにてねむりたまうおかたのいあいあ」


 異界あいての法に現世こちらの法を叩きこむ。

 その祝詞を園村砂が紡ぐ。


「聖別」


 園村先輩が虫の体内にねじ込んだ祝詞の象徴するのは原罪。

 描かれた字は邪気払い。この地の教義の内、場面で用いられる最も基本的な武器。

 化生の類といえど、いや化生だからこそ、そういう法則に縛られている。

 特に祝詞を直接付与したのは、単純な殺傷力においては「八家」の上位にも匹敵すると言われた園村先輩。

 結果、虫の身体の内部で発動した式は即座に猛毒を巨躯の隅々に行き渡らせる。

 

 アァァァァ


 毒により急激に崩れていく存在基盤、その崩壊速度に耐え切れず、芋虫の身体のいたるところから炎が噴き出る。


 アァァァ


 人間に聞き取れない断末魔の悲鳴をあげながら灰となる。

 いかに再生を司る「神もどき」といえど、この状態から再び蘇ることはできないはず。しかし程度で彼の祓いは終わらない。

「化外は灰は残さない」

 だから最後に残った全ての札を死骸に追加投入…って。

 

 この人正気か!?


「バカか!? ここら全部吹き飛ばす気か!?」

 いつものこととはいえ、同僚の無茶にツッコミながら撤退準備を進める宮上さんに、全部出し切って気が抜けた様子の園村さんは冷静に返答する。


「一応量は調整した。逃げる時間も十分あるはずだ…たぶん」


 いや、それ絶対ダメなやつだ!


 そうして「自分自身を改良した」宮上さんに引っ張られて、現場を離脱する私たちの背後では、神もどきの虫の最後の肉片が燃え尽きていた。

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