前哨戦 2

 廊下を進む。奥から、パメラがやってきた。慌てて、シルクが離れる。


 イリスと目が合う。パメラは露骨に嫌な顔をした。理由を思い返そうとして、正面切って顔を合わせるのが初めてと気づいた。


 パメラの挑戦的なまなざし。イリスも同じまなざしで見返す。無言のまま、すれ違う。ほのかに、香る。不安を誘う、変わった臭い。


 昇降機の扉が開く。パメラが中に進む。扉が閉じて、動き出す。


 イリスの記憶を刺激した。どこかで、嗅いだことがことがあった。でも、思い出せない。


「あんな香水、あったかな?」


「少なくとも、有名な香水の中に、あの香りはなかったと思うよ」


 服などの流行にうとい、イリスは訊く。詳しい、シルクが答える。自分専用に作ってもらった場合は、本人と調香師以外は判らない。


 当てはまらない。イリスは判断する。嗅いだ記憶の心象風景が浮かばないからだ。思い出せないのに、今、手を打たないと、手遅れになる気がした。


「パメラちゃんが気になるなら、グロシュライトさんだっけ? 調べてもらえば?」


「そう……だね。そうしようかな。先に、医務室に行っててくれる?」


「うん」


 シルクが提案する。イリスは返事できなかった。確かに、グロシュライトが帰ってきている。彼女には、紹介した。彼に頼むのは、違う気がする。この場では、受け入れた。


 小走りで、シルクが医務室に向かう。彼女が入り、扉が閉まるのをイリスは確認した。


「ボクだって、お使い……」


「メフィスト!」


「はいな」


 ネネが不満をもらす。イリスは無視して、名を呼ぶ。間髪入れず、メフィストが現れた。


「パメラの家に潜入、捜査してきて。人間に害を成すことをやっていた場合、計画ごとつぶして。方法は、メフィストに任せる。責任は、私が取る!」


「親子……」


「なに?」


「おおせのままに」


 イリスは命令をくだす。メフィストがつぶやく。彼の目には、ラウスの姿が重なって見えた。訊き返されて、承諾の意を示す。


「報酬は……」


「交渉の余地を残していただければ」


「判った。では、頼む」


 イリスは先払いしようとする。メフィストが遮った。改めて、言う。彼は姿を消した。


「医務室内には、硝子玉はなかったよ」


「ああ、そう。残念」


 扉を叩く。室内にいる人の返事。聞いてから、開いた。シルクと目が合う。期待していたと、にじませながらイリスは答える。推測していた。医務室には隠さない。万が一、仮病だった場合、楽をさせることになるからだ。


「何なんだよ、そいつは?」


「私なら、パメラの情報を丸呑みにしない。シルクの情報で、裏取りする」


 左右に、五台ずつ並ぶ寝台。すべてが埋まる。真ん中の通路を進む。正面の窓際に、複数名が立つ。イリスは見当がついた。シルクに合図を送る。扉の方に向かった。


 左手前から、苛立った声が聞こえてくる。イリスは冷ややかなまなざしを向けた。暗に批判したが、笑い声がもれる。


「ロメイン!」


「ああ、ごめん。腹ペコ大将としては、イリスちゃんだなぁと思って」


「……」


 笑った子を叱る声。当のロメインの言い訳に、絶句した。


「何をしに来た?」


「お見舞いの品を届けに」


 別の寝台から、鋭い声が飛ぶ。イリスはのんびり答える。皆、元気だなと思いながら。毒気が抜けた顔を向けてきた。


 闇猫が肩掛け鞄から下りる。歩く、イリスの足にじゃれつく。歩きにくいと叱られて、後ろを歩み出した。向かって、右の寝台。壁に向く、枕元に進む。まなざしだけで、取り巻きを下がらせた。


 黄褐色の髪の頭が覗く。上掛けが顔の半分を隠す。表情がうかがえない。


 鞄の蓋を開く。取り巻きが銃口を向ける。イリスが出した物を見て、唖然。銃口が下を向いた。

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