37. 処刑の時
ゴーン、ゴーンと時を告げる鐘の音が響く。
王城前にある広場――貴族達から処刑広場と呼ばれている場所を見下ろせるテラスに、私はアルバート様と向かっている。
今日は公開処刑が執り行われる日だから、大罪人の最期を見ようと大勢の人々が集まっているらしい。
そんな場所に私達が向かう理由は、エレノアの無様な姿を見るためではない。
陛下から「大罪人がしっかりと処刑されたかどうかは、自分の目で見なければならない。刑の執行人が罪人を逃がす可能性もあるからだ」と言われなければ、私はこの場にはいなかった。
エレノアには思うところがあるけれど、それでも人が首を切り落とされるところなんて見たくないから。
私達が上の階に行くための階段に向かっていると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「嫌よ! 死にたくない! 離して!」
「大人しくしろ!」
それから少しして、両手両足を持ち上げられた状態から逃れようと暴れるエレノアの姿が見えてきた。
彼女は傷の無い黒い服を着せられているけれど、ずっと暴れていたからか髪は乱れていた。
そして、そんなエレノアとすれ違おうとした時、目が合ってしまった。
「シルフィーナ、今までのことは謝るから助けて! お願いよ! 死にたくないの!」
「お母様を返して。無理なら、罪を受け入れなさい」
大好きだったお母様のことは今も忘れられない。
今はもう、いつも私に柔らかい笑み見せてくれていた人は帰ってこないのに……。
だから、エレノアを許すことなんて絶対に出来ない。
「ごめんささい。お母様を返すなんて、無理よね。
代わりに、今から言うことを行動に移すのなら、赦すことも考えますわ」
私がそう口にすると、エレノアは安心したのか頬を緩ませていた。
でも、アルバート様は驚いている様子。
この発言はエレノアに少しだけ嫌な思いをさせたいという私の我儘のためのものだから、後で謝らないといけないわね……。
「なんでもするわ! だから赦して!」
「大人しく処刑されたら、赦すことも考えるわ。でも、考えるだけで赦すと決めてはいないわ。勘違いはしないことね」
「何よ、最初から赦すつもりなんて無かったのね! 最低よ! 人でなし!」
私の言葉が気に入らなかったのか、そんなことを喚くエレノア。
でも、アルバート様は私の言葉に頷いている。
性格が悪いと思われかねないことをしている自覚はあるけれど、今回ばかりは仕返しをしないと気が済まなかったのよね……。
「大切な人を殺されて、赦せる人なんていないわよ。それに、誰が人でなしですって?
簡単に人を殺められるエレノアの方が人でなしだと思うのだけど、これって私がおかしいのかしら?」
「シルフィーナが全て正しいよ。エレノア、僕の大切な人をこれ以上悪く言ったら、この場で切り捨てても構わないんだけど、それでも続ける?」
「ひっ……」
そんな言葉と共に、剣を抜いてエレノアに振りかざすアルバート様。
直後、エレノアは震え出した。
余程怖かったのかしら?
彼女はカチカチと歯を鳴らすだけで、何も言わなかった。
「シルフィーナ、行こう」
「はい、アルバート様」
差し出された手をとって、階段を登る私。
それからすぐに、エレノアの姿は見えなくなった。
「赦すなんて言い出した時は驚いたよ」
「私のことが嫌いになりましたか?」
笑顔で口にするアルバート様を見て、私は冗談っぽく問いかけてみた。
「いや、その逆。シルフィーナの強い一面も好きになったよ」
「さっきの私は悪意で動いましたのに……」
「清々する気分になっていたから、僕も似たようなものだ」
アルバート様も私が反撃する状況を楽しんでいたみたい。
そう思うと、少し嬉しかった。
それから程なくして目的のテラスに着いた私達は、多くの人が集まっている広場を見下ろした。
少し離れているというのに、エレノアに投げかけられる汚い言葉が次々と聞こえてくる。
生活が脅かされそうになっているのだから、怒りを向けるのは当然よね……。
エレノアに同情する気持ちなんて欠片も無かった。
「これより大罪人エレノアの刑を執行する! 全員静粛に!」
刑の執行官が声を大きくする魔道具を通して口にすると、騒がしかったのが嘘のように静まり返った。
そのせいで、エレノアが喚く声がよく聞こえる。
でも、すぐにその声も消えることになった。
エレノアが口を塞がれたから。
「これより罪状を読み上げる!」
それから語られたのは、エレノアが積み重ねてきた罪の数々。
あまりの多さに、貴族達がいる場所からちらほらと驚きの声が聞こえてくる。
それから程なくして、準備が整ったらしくこんな声が響いた。
「罪人よ、前へ」
必死に暴れるエレノアだったけれど、四人の騎士に押さえつけられれば太刀打ち出来ないみたいで、そのまま断頭台に縛り付けられた。
彼女が通り過ぎた地面の色が変わっていたけれど、それは気のせいかしら……?
この時になると塞がれた口は解放されていたけれど、恐怖で言葉が出ないみたいで静かなまま。
でも、時間が止まることはない。
「この時をもって刑を執行する」
この言葉に続けて執行官の手が下ろされる。
その直後、断頭台に繋がる縄が切られた。
陽の光を浴びて煌めく黒い刃が落ちていく様子は、言葉に言い表せない不気味さを秘めていた。
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