30. 混乱

 すっかり陽が落ちてきたころ、王都から馬車で丸一日かかる場所にある街に辿り着いた私達はここで一泊することになった。

 この街もクリムソン公爵領だから、護衛の騎士さん達は夜通し警戒に当たってくれるらしい。


 全員ではなく交代らしいけれど、王都からの援軍も加わっているからすごく心強い。

 この時になると魔力の不自然な流れも消えていたから、私は安心して眠ることが出来た。




 そして翌朝。

 移動のために普段よりも早く目を覚ました私は、例の騎士服に着替えてから夜の内に決めていた時間に合わせて部屋を出た。


 こんな状況だから侍女は居ないけれど、婚約破棄される前は侍女の手をほとんど借りられずに過ごしていたから、戸惑ったりすることはなかった。


「おはようございます」

「ああ、おはよう」


 挨拶を交わして、このホテルにあるレストランで朝食を済ませてから王都を目指して移動を再開した。


 ここから王都までは馬車で丸一日ほどかかるけれど、今回は騎乗だけでの移動だからお昼くらいには着くと予想している。

 空は厚い雲に覆われているけれど、そのお陰で涼しいから移動には丁度良い。


 でも……。


「すぐにそこから逃げて!」


 夢の中で聞いたことのある声が、そんなことを告げてきた。


「護衛が襲ってくるよ!」

「アルバート様、浮遊魔法で逃げてください! 騎士さん達が襲ってきます!」

「謀反か!?」


 驚いた様子のアルバート様はすぐに手綱を離すと、浮遊魔法で空へと浮かんでいった。

 私も飛行魔法で彼のことを追いかけて、手を握る。


 そんな時、再び声が聞こえてきた。


「光の防御魔法を使って!」

「分かったわ」


 言われた通りに防御魔法を使う私。

 周囲の魔力の流れが不自然に乱れたのは、その直後のことだった。


 異変はそれだけに留まらなくて、下の方からこんな声が聞こえてきた。


「殺しても構わない! 撃ち落とせ!」

「「はっ」」


 何がどうなっているのか、すぐには理解出来なかった。

 でも、今の状況は危険だから……。


「掴まっててください!」


 私は全力で魔力を込めて、街道から離れるように飛行魔法を使った。


 ちなみに、飛行魔法は手を繋いだり抱えたりしている人も運ぶことができるけれど、手を離したりすると一緒に飛んでいる人は地面に落ちてしまう。

 だから、私はアルバート様の手をしっかり握り直した。


 その直後。

 沢山の攻撃魔法が私達目掛けて飛ばされてきた。


 狙われているのは私ではなくアルバート様。だから私が彼の盾になるように飛んだのだけど……。



 飛行魔法の方が早かったから、全て避けることが出来た。


「こんなことになるとはな……。呪いの力は恐ろしいな」

「ええ、私もそう思いますわ」


 騎士さん達の豹変の原因は呪いの力に違いない。

 でも、お義母様がアルバート様を狙う理由は理解できなかった。


「呪いの気配が消えていたからもう捕えたものだと思っていたが、違ったようだ……」

「このまま王都に向かっても大丈夫でしょうか……?」

「大元を倒さない限りは呪いは続くはずだ。だから、このままエレノアを眠らせに行く。

 ガークレオンから没収した眠り薬があるから、それでなんとかなるはずだ」


 


 呪いの一番の対処法は、呪いの使い手を無力化すること。眠らせるだけでも、気絶させても、発動済みの呪いは消えてしまう。

 だから二時間ほどで王都に着いた私達は、お義母様を探すことになった。


「王宮は無事のようだが、肝心のエレノアがどこに居るのか分からないな……」

「もしかしたら、今も屋敷にいるかもしれません」


 ただの勘だけれど、探さない訳にはいかないということでセレスト邸に向かうことになった。


 ちなみに王宮では大きな混乱は起きていないけれど、アルバート様が近付いただけで攻撃されたから、今の私達が助けを求められる人はいないのよね……。


「衛兵はまだ呪われていないようだな」

「そうですわね。お義母様がいないか聞いてきますわ」

「助かるよ」

「では、行ってきますね」


 そう言ってから、門の前に降りる私。

 すぐに門番さんが私のことに気付いて、声をかけてきた。


「お嬢様、お一人でどうされましたか?」

「聞きたいことがあるの。お義母様はここにいるかしら?」

「はい。ですが、人払いをされております」

「分かったわ。ありがとう」


 お礼を言ってから、一度アルバート様の元に戻る私。

 それから彼と一緒に屋敷の中に入ったのだけど……。


「やっと、やっとよ。好きな人が死んだら悲しいわよねぇ。

 でももう戻れないわよ。アルバート殿下はもういないから。あはははは」


 私の部屋からそんな高笑いが聞こえてきた。

 アルバート様を殺せたと思っているみたいだけど、すぐ近くにいるのよね……。


「これであの女は幸せにはなれない! 最高の気分よ!」


 そこで一旦声が止んだから、扉を開ける私。

 アルバート様には部屋の外で待ってもらっているから、お義母様の目には私が一人だけで戻ってきたように映るはず。


 でも、お義母様の反応は予想していたものとは違った。


「化け物が何の用かしら?」


 誰が化け物よ。

 化け物は、我儘で人を殺めた貴女よ……。

 

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