27. 自業自得です

 音を立てないようにゆっくり腕を伸ばすと、木のようなものが触れた。

 上も横も私が寝ている床の部分も、棘が立っている質の悪いもの。でも、隙間は無いみたいで光は全く見えない。


 指先に痛みを感じたけれど、棘は刺さっていないはず。

 加護があっても、ある程度の痛みは感じるから危ないものから離れられるようになっているのよね。


 落ち着いて状況を確認していると、誰かの声が聞こえてきた。


「本当に良いのですか? このような行為、王家が許すとは思えません」

「問題ない。王家の方はエレノアが幻惑の術をかけている」

「左様ですか。つまり、シルフィーナ様が逃げられなけれそれで良いと」


 私を攫ったのはガークレオン様だったみたい。

 木箱に入れられているということは、すぐに手を出されることも無さそうね。


「ああ。縄は魔法を封じ込めるものを使っているから、問題ないだろう。女の力で引きちぎれる物でもない」

「一級品とおっしゃっていましたが、それは?」

「魔法を使おうとすると激痛が走るそうだ」


 私がまだ眠っていると思っているのか、有益な情報が次々と飛び込んでくる。

 その間に腕の縄を外すことに成功したから、今度は足の縄を取ろうとした。


 でも、狭い箱の中では足まで手を伸ばすことなんて出来なかった。

 あとは脱出するだけなのだけど……。


 鎧の当たる音がいくつも聞こえているから、下手に動いてもすぐに捕まってしまうわよね……。

 魔法で攻撃すれば逃げることは出来るけれど、人殺しにはなりたくない。


「それはまた随分と趣味が悪いですね」

「誉め言葉として受け取っておく」

「お話し中失礼します。間もなくアルガイアの街に到着します」

「分かった」


 そんな言葉が聞こえた後、小さくこんな言葉が聞こえてきた。


「お前ら、飯の時間だ。交代でとるように! 何があっても護衛対象を取られるなよ!」


 それから少しして、ガークレオン様の声が少しずつ離れていった。

 私の周りから人の気配が消えていく。


 少し離れたところにはいるけれど、護身術を練習しているときに使った風魔法で空を飛ぶ方法を使えば逃げ切れるはず。

 そう思ったから、手を伸ばして木箱の蓋を開けようとする私。


 でも、いくら押しても蓋が開くことは無かった。


「意識が戻ったようです。箱が揺れてます」

「分かった。まあ、釘で打ち付けてあるから、女の力で開くことはないだろう」


 外からそんな言葉が聞こえてくる。

 今の状況が分かったから、魔力を込める私。


 木箱を開ける方法はいくつかあるけれど、今回は光の魔法で木を切ることに決めた。

 でも、自分で出した魔法なのに眩しさで視界が白く染まった。


「おい、なんで魔法が……」

「なんでもいい、氷魔法で出れないようにしろ!」

「は、はい!」


 人の気配が増えていることに気付いて、今度は周囲を明るく照らす魔法を全力で使った。

 一度だけ試してみたことがあるこの魔法は、周囲にいた人の視界を三分近くも奪ってしまう危険なもの。


 でも、今は私の身の方が大事だから、気遣いなんてしなかった。


「ぐっ、目が……」

「早く氷魔法を!」

「箱の位置が見えないから無理です!」

「もう全部氷漬けにしてしまえ!」

「はい!」

「誰だ足が固まって動けない!」

「冷てぇ、ふざけんなよ!」


 私の周りが一気に騒がしくなる。

 この機会を逃すことは出来ないから、蓋を開けることだけに集中する。


 でも、氷は私の周りも覆っていたみたいで、持ち上げることは出来なかった。

 この状況では自殺行為になってしまうけれど、もう火魔法しか選択肢は無いわね……。


 意を決して、防御魔法を使ってから周囲に火魔法を放つ私。

 そんな時だった。


「何事だ!」

「ガークレオン様、シルフィーナ様が目を覚ましたようでして……」

「だからって火炙りにしたのか!?」


 そんな声が聞こえても、冷静に氷が解けるのを待つ私。


「溺れるかもしれないが焼け死なれるよりは良い……。水精よ……」


 そんな詠唱が聞こえた直後、水が箱の中に注がれ始めた。

 負けないように、火魔法に込める魔力を増やす私。


「何故だ……全然消えない。誰だ火魔法を使ってるやつは! 今すぐ止めろ!」

「誰も使っていません!」

「まさか、縄に打ち勝ったのか!? 化け物か……」


 いえ、化け物ではありません。縄が緩かったから抜け出しただけです。


 なんてことは言わないけれど、ようやく箱から抜け出すことが出来た。


「死ぬかと思ったわ……」


 そんなことを呟きながら周りを見てみると、氷に足元を固められて身動きが取れなくなっている護衛の姿と、縄を手にして私に飛び掛かってくるガークレオン様の姿が目に入った。


「大人しくしていれば手荒な真似はしない。大人しく俺に抱かれてくれ」


 そんな言葉と共に、小瓶を開けて中身を私にかけてくるガークレオン様。

 咄嗟に風魔法で防いだけれど、周囲に甘い香りが漂い始めた。


 吸ったら危険だと直感が告げてきたから、息を止める私。

 私が跳ね返した小瓶の中身が降りかかったガークレオン様は、十秒とかからない内に気を失っていた。


 氷に頭を打ち付けていたけれど、自業自得よ……。

 そんな風に思ってしまった。


 けれども、近くのレストランんから大勢の護衛が出てくるところが目に入ったから、光魔法を全力で放ってから逃げ出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る