12. 恨みと恩と

 来た時と違って、明かりが落とされている公爵邸に背を向けて馬車へと向かう私達。

 そんな時、アルバート様がこんなことを口にした。


「言いにくいのだが、ドレスの裾に染みが出来ている」

「染みですか?」


 彼に言われて、視線を足元に向ける私。

 けれども、染みのようなものは目に入らなかった。


「後ろの方だね」

「これは……酷いですわね……」


 今日は落ち着いた色のドレスだから、汚れが目立ったりはしていないのだけれど……。

 背中側の端の部分が何かの液体に浸かったみたいで、色が濃くなっていた。


 目立ちはしないけれど、一度見つけてしまったらすごく気になってしまう。


「毒の類だとまずいから確認したい。裾に触れることになってしまうが、いいだろうか?」

「ええ、お願いしますわ」


 私がそう返すと、アルバート様は懐からとある魔道具を取り出した。


「失礼するよ」

「はい」


 王宮暮らしを始めた頃、王家だけが持っている魔道具について説明を受けたのだけど、これはその内の一つ。


 魔道具は古来から伝わっているもので原理はまだ分かっていないけれど、何かしらの形で精霊を閉じ込めたものだと言われている。その証拠に、魔道具の持ち主は常に魔力を少しずつ吸われているらしい。

 王族の方々は全員魔力を多く持っているから、影響はほとんど無いらしい。

 

 アルバート様が手にしている魔道具は、毒に近付けると色が変化するもの。

 幸いにも、今は何の変化も起きなかった。


「毒ではなさそうだ」

「ありがとうございます。安心しましたわ」

「触ってみた感じだと、油だと思う。誰かが階段に油を撒いたのかもしれない」


 立ち上がってそんなことを口にするアルバート様。

 元々光沢のある大理石で作られているから、油があっても気付けなかったのね……。


 でも、私も彼と同じことを想像していたらしい。


「私への嫌がらせだと思いますわ。誰が撒いたのかは分からないのですけど……」

「嫌がらせか。誰かが零してしまった可能性は?」

「ありませんわ。厨房は一階にありますので」


 そこまで話したところで馬車の横に辿り着いてしまったから、馬車に乗るために会話が途切れてしまった。


 大理石で作られた階段で転んでしまえば、怪我は免れないはず。

 普段は柔らかな絨毯が敷かれていて、例え転んでしまっても大怪我にはならないようになっているのだけれど、今日は最初から敷かれていなかった。


 庭に絨毯が干されていたから、洗っているだけだとは思うけれど……。

 油が撒かれていたのは私を転ばせる目的としか考えられなかった。


 衛兵さん達は私の味方だけれど、侍女達は私に嫌がらせをしてきていたから敵で間違いない。

 でも、誰が撒いたのかは分からなかった。


 そんな時だった。

 馬車が汚れないようにと裾を軽く捲り終え、屋敷の方を見た私の視界にレベッカの姿が映った。


「泣いているの……?」


 そもそも屋敷から出てきた理由が分からない。

 いえ、この様子は……。


 扉を開けようとしているのに空いていないみたいだから、追い出されたのね……。

 ……どうして?


 レベッカは私と違ってお義母様や侍女たちに気に入られていたのに。


「何かあった?」

「レベッカが屋敷から追い出されたみたいで、助けるか迷っていましたの」


 嫌がらせをされた恨みはあるけれど、それを理由に見捨てようとは思えなかった。

 レベッカからの嫌がらせは、一番酷いものでお気に入りのドレスを盗られたこと。


 一方のお義母様は命の危険も感じるものだったから、お義母様ほどは恨んでいない。


 それに……ガークレオン様の気を引いてくれたお陰で今の私は幸せに過ごせているのだから、感謝もしているのよね……。嫌がらせは許していないけれど、それとこれは別。


「それは不味いな。王城に招くことは出来るけど、どうしたい?」


 寒空の下であんな薄着だったら命が危ない。

 レベッカは精霊の愛し子と呼ばれていても、怪我や風邪と無縁では無かったから……。


「助けに行ってきますわ」


 私はすぐに行動した。

 複雑な気持ちだけれど、人を助けることにそんなものは関係ないわ。


「何があったの?」

「お姉様……!?」

「追い出されたのは分かるけれど、何が起きているのかは分からないから教えて欲しいの」


 私が来ると思っていなかったみたいで、驚いた様子のレベッカ。

 その時、彼女が寒さで震えていることに気付いたから、私は上着を一枚だけ貸すことにした。


「先にこれを着なさい」

「ありがとうございます……」


 今度は私も寒さに凍えることになってしまった。

 耐えられないほどではないけれど、こんな状態で話なんて出来ないから一旦馬車に乗せることに決める私。


 アルバート様は私の意思を尊重してくれて、二人で馬車に入ることが出来た。

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