8. 届かなかったもの

 魔法の練習をしようと中庭に向かう私達。

 社交界では「忌み子」の噂のせいで誰も声をかけてくれないのだけれど、王宮内での扱いは信じられないくらい良いものになっている。


 アルバート様と並んで歩いている今は、すれ違う人は最初にアルバート様に挨拶をしているけれど、私が一人で歩いているときだって恭しく挨拶をしてくれている。

 それがすごく嬉しくて、初日は涙を堪えるのに必死になっていたのよね……。


 ずっと孤独に過ごしてきた私だけれど、友達と言える人が居ない訳ではない。

 忌み子と呼ばれるようになってから人数は減ったけれど、心を許せる人は今でも何人かいる。


 屋敷にいるときは助けを求める手紙を送っても、どこかで消えてしまって届くことは無かったけれど、最近はまた手紙が無事に届くようになったのよね……。

 

「悩み事かな?」

「ええ、少しだけ。でも、もう大丈夫です」


 顔を覗き込まれて、慌てて誤魔化す私。

 手紙のことは私の友人達が調査をしてくれているから、アルバート様に余計な心配はかけたくない。


「それならいいのだが、何かあったらすぐに言ってほしい。手遅れになってからでは遅いからな」

「はい、ありがとうございます」


 そんなやり取りをしている内に中庭に出た。

 ここは石が敷き詰められただけの殺風景なところだけれど、花が咲いていないから自由に暴れていいそうで、陛下がよく利用しているらしい。


「あの辺の壁を的にするね」

「壊れたりしませんか……?」

「特殊な石を使っているから、これくらいでは壊れないよ。でも、シルフィーナが本気で攻撃したら、余波で死人が出ると思うから魔力は絞ってね」

「分かりましたわ……」


 全力が恐ろしいものだと聞いて、曖昧な笑みを浮かべる私。

 試したことは無いけれど、人に向けて使わないようにした方が良さそうね……。


 幸いにも魔力を練る練習はしていたから、威力を抑えることは出来る。


 ちなみに、本来は魔法というものは魔力を練る練習をしないと、最初から全力の魔法を使うことは出来ない。

 だから、初めて魔法を使う子供が人を殺してしまうような悲劇は起きたことが無いらしい。


「私も試してみても?」

「もちろん。でも、最初は空に向けてだね」

「分かりましたわ」


 うっかり破壊してしまったら問題になるからと納得して、空に手を伸ばす。

 そしてアルバート様が使ったものと同じ火魔法を想像しながら魔力を込めると、空に向かって火の玉が飛び出した。


「うん、大丈夫そうだね」

「攻撃だけじゃなくて、防御魔法とかも練習しよう。いつどこで襲われるか分からないからね。精霊の加護は身に着けてるものまでは及ばないから」

「そうですわね……」


 彼に足を踏まれた後、靴に傷がついていたことを思い出して納得する私。

 それに、加護だけでは大切な人を守れない。


 だから、最初は防御魔法を完璧にすると心に決めたのだけれど……。


「……魔法が出なくなってしまいましたわ」

「少し詠唱してみて」

「分かりましたわ。水精よ」

「流石に高位の魔法は詠唱省略出来ないみたいだね」 


 私の力が完璧ではないことが分かってしまった。

 でも、普段なら問題ないくらいには使いこなせることも分かった。


「今日はここまでにしよう」

「ええ。初めて魔力を沢山つかったので、疲れてしまいましたわ」

「少し休んでから戻ろう」

「はい、ありがとうございます」


 私がお礼を言うとアルバート様は階段にハンカチを敷いて、そこに座るように促してくれた。

 今はドレスではなく、練習用にズボンを穿いているから躊躇わずに座る私。


 目の前は殺風景だけれど、水色の鳥が柵の上で囀りを響かせている。

 すると、もう一羽舞い降りてきて、先にいた方に近付いていく。


「番いかな?」

「そうみたいですね」

「幸せの青い鳥……か。今日は良いことがありそうだね」

「ええ、きっと」


 答えながら、アルバート様の手をとる私。


 微笑み合う私達を祝福してくれるような、透き通った二つの音色が木霊した。

 

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