7. 魔法の使い方
翌朝。
朝食を頂いてから少しして、アルバート様とお茶をしようと準備をしている私の元にとある物が運ばれていた。
「アルバート様、これは一体……?」
「魔法書だけど? 公爵家にもあるはずだから、知っているとは思うけど……」
そんなことは知っている。魔法に適性が無いことが分かる前の私は、魔法書を読み込んで勉強していたから。
精霊学と魔法学は別物だから精霊に関する知識は乏しいけれど、魔法の知識は普通の貴族よりもあると自信をもって言える。
魔法を使いたくて、両親に褒められたくて。必死に勉強したけれど、その努力は今日まで報われていないのよね……。
でも、精霊の気配を感じられるようになったから、きっと使える。
そう思っていても、まだ魔法を試すことは出来ていなかった。
今の状況で魔法を使えなかったら、ショックで寝込んでしまう自信がったから。
そんな私の心配を他所に、アルバート様は何かに気付いたみたいで、はっと息をのんでいた。
「もしかして、目にする機会が無かった? セレスト公爵が敢えて魔法を使えないように仕向けていたのか?」
「そうではありませんの。魔法書なら、全部暗記するくらいには読みましたわ。
ただ……今も魔法が使えなかったらと思うと、怖くて……」
「それなら、もう使えているんだから心配の必要は無いと思うよ?」
彼の言葉に固まる私。
魔法を使った自覚なんて無かったから、すごく驚いた。
「私、どんな魔法を使っていたのですか……?」
「防御魔法だね。精霊が勝手に手を貸したのかもしれないけど、今のシルフィーナならどんな魔法でも使えるはずだ」
胸を張って、はっきりと言い切るアルバート様。
お陰で不安が和らいだから、試しに生活魔法と呼ばれている魔法を発動させてみることにした。
「そうでしたのね……。安心しました。
早速試してみても?」
「使うなら、攻撃魔法以外でね」
「分かりましたわ」
頷いて、記憶を頼りに光を灯す生活魔法の詠唱を始める。
そんな私の様子を、アルバート様が柔らかな笑顔で見つめているのが目に入った。
「光精よ・輝き……」
そこまで詠唱したところで、私の指先に
魔法は簡単な生活魔法でも三節詠唱する必要があって、高位の魔法になるほど詠唱は長くなる。
それなのに、今の魔法はたったの一節だけで発動してしまった。
「詠唱短縮って、普通は初めてで出来るものではなのだが……」
「えっと……偶然ですわ」
「それなら、違う魔法を頼む」
「風精よ・揺ら……」
その瞬間、私達の周りを穏やかな風が吹き抜けた。
「まただね」
「こ、これも偶然ですわ」
「今度は水魔法にしよう」
「分かりましたわ」
まだ何も注がれていないティーポットを手に取り、水魔法を使おうと魔力を込める。
その瞬間。
ティーポットを握る手にずっしりとした重さを感じた。
「今度は詠唱省略か。父上でさえ、八割ほどしか成功しない高等技術だぞ……」
「こ、これも偶然ですわ……」
ティーポットを水で満たすところを想像してながら魔力を込めただけなのに……。
ちなみに、魔力を簡単に込められるのは、適性が分かる前に必死に練習したからなのだけれど、詠唱しなくても魔法を使える理由にはならない。
そもそも詠唱が必要なのは、魔法を使う人が魔力を魔法という形にする過程で、その形を思い通りにするように精霊にお願いする必要があるから。
常識的に考えて、私がこうして詠唱せずに魔法が使えている今の状況はあり得ないのよね……。
「それなら、今度は闇魔法を」
「分かりましたわ」
魔法の形を想像しながら、魔力を込める。
すると、詠唱する前に周囲が暗くなった。
「どう考えても偶然じゃないね」
「そうみたいですね……」
少し悔しそうにするアルバート様を見て、危機感を感じてしまう。
彼が負けず嫌いのままなら、多少の無理をしてでも魔法の練習に励むことをしっているから。
そして、その心配は杞憂で終わらなかった。
「僕も負けないように練習しないと」
「まだお体が万全ではないのですから、無理はしないでくださいね?」
「ああ、分かっている。倒れたりしてシルフィーナに迷惑はかけたくないから、自重するよ」
私の手を握りながら、そう口にするアルバート様。
彼の瞳じっと見てみても、嘘を言っているようには見えなかった。
だから、彼の手を握り返しながら、こんな提案をしてみた。
「ありがとうございます。もしアルバート様が許してくださるのでしたら、練習を近くで見てみたいですわ」
「そういうことなら、一緒に練習しよう」
「はい、喜んで」
彼の魔法を見たくてお願いしたのだけれど、一緒に練習するのも悪くないと思った。
だから、私は彼の手を引こうとしたのだけれど……。
「慌てると危ない」
そんな穏やかな声と共に、腰のあたりに手を回されていた。
生まれてから初めてされるエスコートの形に、驚く私。
けれども、アルバート様は涼しい顔をしている。
婚約者同士や夫婦でしかすることが許されないエスコートを嬉しかったけれど、なんだか彼に負けてしまった気がした。
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