9 決意
「全く、急に居なくなったかと思えば、あの女の使いに行っていたのか」
「二度寝をするアルシエラ様が悪いです」
客室の中。私とモフモフの小動物は、ベッドの上で対峙する。
先ほどまで晴れていた空は雲に覆われ外では、静かな雨音がこだまする。時々聞こえてくる近所の飲食店の客の話し声や、食器の音と重なる事で、雨音は少し切なさを帯びていた。
「ところで、一つ聞きたいことがあるのですが? 」
「何だ」
「『祝福』と『呪い』とは何でしょう? 」
小動物の耳がピクピク動く。
「どこで、その言葉を知った?」
「秘密です」
「何故答えない?」
「答える気分じゃ無いです。ポーカーをしてロイヤルストレートフラッシュが出たら答えても良いですけど」
「六十五万回に一回しか出てこないじゃ無いか。君の寿命と運では一生出てこないだろう」
いやいや、寿命はともかく運に関しては分からないでしょう。
モフたん。いや、アルシエラ様は答えた。
平坦な声で。そこからは感情のような物は感じられない。
窓の外で雷鳴が轟いた。
朝までの晴天が嘘のようだ。
「質問に答えよう。俺は君を蝕む苦痛から救っただろう? この様に、本来の道理では起こりえないことを、我々神霊が起こした時に人間はそれを『祝福』や『呪い』と呼ぶ」
「それらの違いは何ですか?」
「薬で言う所の主作用と副作用の様なニュアンスだな。与えられた物が、望んだ結果か、願ってもいない結果か」
「では、同じ奇跡が起きたとして、それを『祝福』と呼ぶか『呪い』と呼ぶかは人それぞれだと?」
「いや、『祝福』と『呪い』は表裏一体だ。『祝福』によって歪に曲がった理は、歪みとなってやがて『呪い』と呼ばれる様になる」
「それって、どういう……」
『俺は君を蝕む苦痛から救っただろう?』
昨日この神霊が放った言葉が脳裏によぎる。
「アルシエラ様。貴方は私の病を治してくれたのでは無いのですか?」
「いや、俺はそんな事は一言も言っていないが」
再び、雷鳴が轟く。
雷鳴と稲光の間のスパンが短くなってきた。
そのうち、近くで落ちそうだ。
「では、私が無菌室の外でも生活できる理由は?」
「それが、俺が与えた奇跡だ。病の進行は極限まで遅らせている」
「遅れせているだけで進行はしていると? どうやら、私の前に現れた
「落ち着きなさい。君の病は不治だ。そんな物を直してしまったらどれだけの呪いを受ける事か」
「ええ。でも、病死するよりはマシです」
「俺をあまり怒らせないでくれ。自分でも何をするか分からないから」
腹の底が熱い。涙も出てきそうだ。
「怒る? そもそも、貴方に『心』なんてあるんですか?」
しまった。
感情的になって散々な事を言ってしまった。
そう気づいたときにはもう遅く、裁定神は口を閉ざしてしまった。
その時、ドアをノックする音が響く。
誰が来たのだろう。
そう思い部屋の外に居る人物を確認しようと振り返ると。そこには、シアンが
「あの、話したい事があるんだけど。何これ、修羅場?」
「えっとですねシアン君、この生物はですね」
慌てて弁明を試みる。
「別に、説明なんかしなくていいよ。僕以外の
シアンは、本当に興味が無いらしく、暢気に欠伸をする。
「ちょっと、待ってください。今『僕以外の
*
「明日、母さんとスティニーが出かける。恐らく例の女が訪ねてくる可能性が高い。何か、仕掛けるなら明日だ」
デスクの側に置かれた椅子に座るシアンは、ベッドの上に座った私とモフモフを見下ろす。
「ふと、思ったのですがシアン君も
「何というか、勇気が足りなかった……のかな一人では出来ないことも、仲間が居れば出来るみたいな」
腑に落ちないが、彼の言いたいことは少し理解出来る。
彼にとって、思ってもいなかった形で現れた、過去の負の異物と向き合う事は、きっと一人では成し遂げ得ない物であったのだろう。
誰にだって、目をそらしたくなる物はある。それと向き合うことは、簡単な事では無い。
「なるほど、分かりました。では、今回の件について私に一つ作戦があります」
「へぇ、それは何?」
「シアン君。浮遊薬って分かりますか?」
「分かるよ。初歩的な魔法薬だよね。何か浮かせるのかな」
「いや、魔法薬自体の効果は使いません」
少年は眉を吊りあげる。
「浮遊薬を作った時に撒かれる
浮遊薬を作成すると近くに居た人間や物に
そう、まるで、GPSを付けた犯人を探偵が追うように。
「理解したよ。明日僕が彼女が来たときに浮遊薬の調合の手伝いをしてもらえば良いのだろう。そして、君がそれを追うと」
「その通りです。あ、でも浮遊薬で強く痕跡を残す為には、
「それなら問題ないよ。僕の適正エレメントは丁度
少年は笑う。私も微笑み返す
「いいね。最高だ。僕一人じゃそんな考えは浮かばなかった」
「それでは、明日作戦決行ですね」
*
雨は止んで窓の外では、満点の星空が広がる。デスクの上で私は一冊の本を読んでいた。
「何をしている?」
背後から男性の声がする。
声の主が誰なのかは確認するまででもない。
「各都市の守護神霊と逸話について調べていたんです」
「何故だ?」
「人間には奇跡に頼らなくとも、希望を掴める程の力があるって言ってくれた人が居るんです」
「ほう。『祝福』や『呪い』のことといい、誰かが君に入れ知恵をしたようだ」
裁定神の発言を私は鼻で笑って返す。
「私が今、アルシエラ様と話せているということは、他の神霊と交流することは可能ですよね?」
「それは、君次第だ。可能性は否定しない」
「なら、私、旅に出ようと思います」
客室にあった本には、『神霊から授かった知恵で、流行病が収まった』だの、『神霊から借りた
つまり『呪い』を受けることは無い。
ならば、己が患っている病の治し方を授けてくれる神霊がいるかもしれない。
そう考えた。
「君がそうしたければ、そうすると良い」
掌サイズの神霊はため息をつく。
本を閉じた私は窓を開ける。
吹き込まれる冷気が頬をくすぐる。
空は美しい星屑で覆われていた。
冷静に考えれば、こうして立って外を眺められるだけでも十分な祝福ではないか。
ここからは私の番だ。
私は、どこに落ちたとしても希望を掴んでみせる。
それがたとえ、深淵でも、奈落でも。
たとえ、いつか来る終わりの定めが迫ってきていても。
たとえ、願いが朽ちる時が来ても。
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