10 やっと来てくれたね。シアン
小川のせせらぎ。優しい虫の声。
昼は賑やかな声が溢れるフランドレアの町並みも夜になればすっかり姿を変える。今は主を失った露天が並ぶだけだ。
私は右手に持った魔法道具を正面に構える。それは、蝶と梟のモチーフが彫られた銀色の杖。梟の目には青色の宝石がはめ込まれている。
ちなみにこの杖はシアンから拝借した物である。
そして、客室にあった魔導書にあった呪文を唱えた。
「ゲネシスエーテルエレメンツ。インベリーエリーフエレメンツ」
体内の奥底から杖へ未知のエネルギーが流れ込む。すると、視界にうっすら霧のような、モヤがかかりその中から青白い糸のような物が流れているのが見える。
「おお。見えました。
思わず歓喜の声をあげてしまった。
なぜならこの世界に来てから初めて魔法に成功からだ。
適正
「そんな二節程度の魔法でイチイチ喜ぶの?」
「詠唱が遅いが、まあ、ギリギリ及第点かな」
そんな一時の喜びを遮ったのは一人と一匹の辛辣な声。
声がした方向を見るとシアンと彼の肩に乗ったモフたんがこちらを見ていた。
シアン君、貴方初対面の時と比べて私に対する当たりがキツくなってきていません?
それとも元々の性格がこれなんですか?
そもそも、アルシエラ様は私が今まで魔法を使った事が無い事を知っているのですから、もう少し優しいコメントを下さい。
「二人とも、もう少しオブラートに言って下さい。というか肝心の
状況を説明する為に時を半日ほど遡る。
作戦会議の翌日、即ち今日の昼。
午前中に、シャナと、ステファニーが出かけた後、私達は、ダイニングで浮遊薬を作り、その薬に魔法で印をつけた。
そして、私とモフモフも外に出かける。
すると、予想通り例の女性が家に訪ねて来たそうだ。そして、彼には、浮遊薬を女性の前でぶちまけて貰った。
おかげさまで、カップやらカトラリーやらが浮きダイニングは大変な事になったらしい。しかし、不幸中の幸いか浮遊薬自体は調合初心者の私が作っ物なのですぐに効果が切れたらしくシャナさんが帰ってくる前に、浮いた物を、元通りに戻せたそうだ。
そして夜シャナさんと、ステファニーちゃんが眠った後私達は、浮遊薬の
先ほど唱えた呪文は、
それともう一つアルシエラは、シアンの前では鳴き声では無く人間と同じく言語を通して会話する様になった。
神霊である事がもう既に露見したからであろうか。
「とにかく行きますよ。時間は有限なんですから」
気まずくなった私は、二人を催促して、糸が流れる方向へ歩き始める。
そう、時間は有限だ。特に死の影が迫り続けている私にとっては。
*
糸は町の中央である市場の方へ続いていた。
てっきり女性の家は町の外れなどにあると、思い込んでいたのでこれだけでも十分に驚愕に値するが最終時点までたどり着くと更に衝撃を受けるはめになった。
「ふーん。なるほどねえ。注目が集まる場所ほど逆に盲点という訳か」
「今まで誰も気づかなかったのでしょうか?」
たどり着いたのは町の中央にある建造物。
市場の近くにある塔。
赤い屋根と白いレンガで出来ていたそれの、天辺には背に蝶の羽がついた女神像がある。
あの像地下室へ繋がる階段にあった本の表紙の女性と似ている。
何かを感じ取ったモフモフは耳をピクピクさせる。
「
「
現にこの都市の中で雑草や花の類いは見たことが無い。
最初は光合成をする植物が無くても大丈夫なのかと野暮な事を考えていたが、様々な奇妙な現象に遭遇していた今、そのようなことにイチイチ突っ込む気にはならない。
「厳密に言うならば、ここに
一箇所に集められた
「じゃあ、突撃開始だ」
早速、塔の入り口へ向かったシアンが、こちらに振り向くと不適に笑った。
「えーと。ここ勝手に入っても良いのでしょうか。これ何の建造物ですか?」
「ミネヴァ様を祭る礼拝堂だよ。壁の装飾に、ミネヴァ様の象徴である、蝶の装飾が多くあるでしょ。ああ、勝手に入ったら勿論、怒られるよ」
「だったら、明日ここの管理をしている人に事情を説明して……」
シアンは、少し考える様な素振りを見せると、再び微笑む。
「コハクさんは、よそ者だから、適当な事を言って誤魔化せば大丈夫だよ」
君は大丈夫じゃないですよね?
*
壁画が描かれた石の壁。ひたひたと、滴る水の音。フランドレアの中心にそびえる、荘厳たる塔の地下は塔の外観とは対象的に、少し、恐ろしい。
正面玄関から堂々と禁断たる深夜の礼拝堂に、侵入した私達は糸が伸びる階段から地下へ降りた。
降りた先に広がっていた空間、即ち今私達が居る場所はどこまでも続く深い闇に覆われている。いや、厳密に言えば完全に闇に覆われていた訳では無いか。
小さな光が夏の沼地を舞う蛍のように、漂っており現在、私達が頼っている唯一の光源である。
「昔、田舎の親戚の家に泊まった際に、こっそり洞窟を探検した事を思い出します。なんだか、すっごくワクワクしましたねぇ」
「僕は昔、水の反射や変化を観察していたらいつの間にか、四時間経っていた事を思い出したよ」
「普段そんな事をしているのですか」
モフたんを肩に乗せたままシアン君は、
私を先導するように、闇の奥へと歩む。
私も観察することは好きだ。
例えば、植物の変化。
芽生え、息吹き、咲き、そして、散る。
その様は、図鑑やネットの動画サイトで見る話とは、また違う趣がある。
しかし、彼の言う『観察』は私にとっての『観察』とは、また、違う存在な気がする。
私が観察をする目的は、知的好奇心を満たす為だ。その為に、今まで本を貪り読んで、観察を繰り返してきた。
それしかやることが無かったから。
いやいや、ちょっと待って君、さっき、四時間って言った? 一日の六分の一を水を眺めることに使っていたの?
ツッコミたいことは色々あったが歩くこと数分、視界の先に強い光が見えてきた。
発光している物体があるのではない。
明るい空間への入口がそこにはあった。
闇の先で待っていたのは、もう一つの礼拝堂とも呼ぶべき空間。
発光する鉱物で、作られた巨大シャンデリアの下には巨大なミネヴァ像。そして、その像には一人の少女が無数のツタのような物で貼り付けられていた。
栗色の髪、象牙の様な白い肌。愛らしい白のワンピース。そして、ツタのうちの何本かが、体へ侵入しているやせ細った体。
本来なら、華奢かつ、優雅な少女のその姿も、今では目も当てられない様だ。
「ベアトリーチェ!」
シアン君が、彼女に駆け寄ろうとする。
「まって、急に近づいたら危な……」
慌てて、彼を止めようとしたが、すでに遅かった。
「おやおや、誰かが来たと思いましたが、可愛らしい小さな鼠が二匹と、おっかない、ハムスターが二匹ですか」
像の裏から男が現れる。
軽くウェーブのかかった赤い髪。神父のような純白の装い。そして、肩にはうす気味悪い、金のトカゲ。
元々この部屋に居たが、我々の気配に気づいて女神像の裏に隠れたのだろうか。
鼠とハムスターが二匹ずつ?
私達の事だろうか?
否、ここにいるのは、私とシアン君、そしてモフモフが一匹だけだ。
ちっこい神霊をカウントしても三人にしかならない。
まさか、他にもあと一人いるのか。
男は笑う。
「申し遅れました。私はファウスト。首都から派遣された
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