7 奇妙な邂逅
暖かい風。細々とした鳥の鳴き声。心地の良い音を立てるウインドベル。そして、微かに聞こえる沸騰した水とたき火の音。
誰かが暖炉で調理でもしているのだろうか。
フカフカのベッドの上で目を覚ます。
微かに開いた窓からは、柔らかな光が差し込んでいた。
視界に写る天井には発光する不思議な植物。
はて、あんな物病室にありましたっけ?
というか、あれはどんな物質で出来ているの?
調べなくては。調べなければ。
覚醒したばかりのぼんやりとした頭で、その様な事を考える。
体を起し目を摩ると少しずつ思考がまとまってゆく。
「うーん。ここは……病室ではありませ……あれ」
そして、自身の置かれた状況の不可解さに気づく。
「ああ、夢じゃない。夢じゃなかったんですね」
向かい側のソファーに視界を移すと、そこには、モフモフの奇妙な生物が眠っていた。体を丸め、眠る姿は猫その物だ。
その生物に近づき背を撫でると小さな瞼が上がる。
「何の用だ?」
「モフ……アルシエラ様、おはようございます」
「何回、間違えれば気が済むんだ。おはよう」
「昨日、眠る前に、ふと思いついたのですが、GPSみたいに。マークした相手の行方を調べられる魔法とか無いですか?」
「例の絵の件か?」
「そうです」
「ふん。自分で調べろ。魔法書ならこの部屋にいくらでもあ……ふわぁ」
神霊とは思えない、寝起きテンションの彼は小さなあくびを一つ。
「でも私、この世界の文字読めませんよ」
「その事については善処した」
「アルシエラ様は、魔法について詳しくは無いのですか? 」
「何を寝ぼけたことを言っている。この世界で俺の知が及ばぬ物は無い」
寝ぼけているのは貴方では?
「しかし、ただ命令を聞くだけの存在もつまらん。ゴーレムやホムンクルスと同じだ。考える事は人間の長所……すうう」
モフモフは再び瞼を閉じると、再び穏やかな吐息を立て始めた。
さて、『善処した』とは、どういう事だろうか。
試しに客室のテーブルの上に置いてあった本を数冊手に取る。
シャナからは、この部屋にある物は勝手に使って良いと言われているので問題無いだろう。
本の表紙を見た瞬間、己の身に起きた変化に気づく。
『ゼロから学ぶ。魔法薬と
『守護神霊の伝承集バージョン32』
『魔法検定三級過去問題集。
最初に手に取った本を開く。
『6 浮遊薬 この魔法薬を調合するには
脳に叩き込まれる視覚情報は変わらないが、不思議とそれらを日本語として解釈できる。
新しい知識を吸収できる。未知のものに触れられる。この事実は私に強い高揚感を与えた。
思わず読書に熱中してしまう。
一階から響くシャナの声に気づかなくなる程に。
*
「すっすみません。全然気づかなくって」
「あら、そんなに謝らなくていいわ。本に夢中になる事は私もよくあるもの。ただ、程々にね」
「はい」
二階に降りると、ダイニングではシャナが調理をしていた。テーブルの周りでは、ステファニーが走り回っている。
「コハクお姉さん。おはよ」
「おはようございます」
鍋の中には、爽やかな香りが漂うスープが満たされていた。水が沸騰する様な音の発生源はこれらしい。
「そうだ、コハクさん。朝食が終わったら、早速お使いに行って貰えないかしら? 」
「はい。任せてください」
「頼もしいわね」
メモを渡される。
そこには、いくつかの食べ物の名前が書いてあった。
「今日は、私が『神立聖魔法学校』に在席していた時にお世話になった方が、お見えになるのよ。その時に出す料理の材料を市場で揃えて欲しいわ」
「お世話になった方……先生でしょうか?」
「そうそう。とても博識で、高名な方だから、もしかすると、コハクさんの助けになるかもしれないわね」
シャナは微笑む。
側に居たステファニーは「私も行く」と駄々をこねていた。
*
玄関から外に出る。
相変わらず、フランドレアの大通りは、通行人でごった返していた。
さて、市場はどこでしょうか?
辺りを見回すと、高い屋根の塔が建物の隙間から見えた。たしか、市場はあの塔の下だ。
人並みの中に小さな影が一つ。
茶色のフワフワな毛。
小さな耳。
モコモコの尻尾。
狸である。
しかも、ただの狸ではない。
「ちょっ、直立二足歩行する狸ですと」
なんと、その狸は後ろ脚二本で己の体を支えていたのだ。
人間と変らないその佇まいは、あまりにも異質すぎる。
まさか、病院で拾ったモフたんこと、アルシエラ様の
恐る恐る狸に近づく。
すると、こちらの様子に気づいた狸と目があった。
「おやまぁ、お嬢ちゃん。君、厄介な呪いにかかってるね」
「狸が喋りましたぁ!」
「そんなに大きな声を出すな若者」
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