6 不出来な姉

「彼女からは、町の外の話を、聞いていただけだよ」

「ふーん、本当にそうかしら。でも、私としてはシアンが外の世界に興味を持ってくれるだけでも十分嬉しいわね。ありがとう、コハクさん」

「えっと……はい」


 ニヤニヤ笑うシャナをシアンが睨む。


「それじゃ、僕は夕食を食べるから」

「あら、でしたら、私達は一階の教室で先程の話の続きをしましょうか」


 廊下へと足を運んだシャナはこちらに微笑み手招きする。

 私がそれに付いていくと、モフモフは不満そうに「キューイ」と鳴いた。


*



「シャナさん、つかぬ事をお聞きしますが、さっきシアンに言っていた『外の世界に興味を持ってくれて嬉しい』とは、どういう事でしょうか?」


 発光する奇妙な花に囲まれた廊下をシャナと歩む。

 廊下の端にある階段を下れば魔法教室にたどり着くはずだ。

 この家は三階建てで、一階が魔法教室。二階と三階ダイニングや寝室、そして、地下にシャワールームがある。


「ああ、それはね、ちゃんと説明すると少し長くなるわ。このシヴァ王国の人って、殆ど出身地の守護神の加護が届かない場所には移動しないでしょう? 特に直接祝福を受けている精霊師マギーズはね。でも、幼少期の私と妹のティナは違ったのよ」


 ふと糸車に貼られた写真を思い出す。

 

「その妹さんって、ダイニングの糸車に貼られた写真の女の子ですか?」

「ええ、そうよ」


 シャナは頷く。


「私達の両親はね、この都市の中でも指折りのフアッションデザイナーだったの。ティナもその才能を色濃く継いでいて、数多の高名なデザイナーからもお墨付きをもらっていたわ。私は、あの子と違って無能なのにね」


「そんな事無いですよ。たしか、シャナさんは魔法教室の先生ですよね。人に分かりやすく何かを伝える事って誰にでも出来る事じゃないと思います」


「そう言ってくれて嬉しいわ。昔、貴方と同じ事を言ってくれた人が居た気がする。あら、話が逸れたわね」


 シャナの声がどこか懐かしむ様な声になる。

 私には兄弟が居ないので、当時彼女が、自身の境遇をどの様に捉えて、居たのか想像せざる得ないが、決して心地よい物では無かった事は想像に難くない。

 

「先ほど、私は無能だと言ったわよね。結論がどうであれ、少なくともあの頃の私はそう感じていた。だから、外の世界フランドレアの外に憧れていたのよ。小さな世界だけを見ていてはつまらないわ。もしあの子が望むなら、私はあの子に外を見せてあげたい」

 

 なるほど。だから、彼女はシアン君が私に外の世界について尋ねていたことに対して喜ばしく感じていたのか。


 階段を降りてしばらく進むと、色つきガラスに囲まれた部屋に着いた。

 木製の黒板と教卓に向かい合うように、椅子とテーブルが並んでいる。チョークや黒板消しが見当たらないが魔法で板書をするのだろうか。


 シャナに導かれ手前の席に着席する。

 いつものごとくモフたんは私の膝の上に着席した。


「さてさて、夕食前の話の続きをしましょう。魔素エレメントには五つの種類があることは、話したわね? 」

星木ヴァイダ光水アクアル空風リーフ天炎ヒダイル獣歌エーテル、の五つですよね」

「そうそう。そして、精霊師マギーズ一人一人、適正があるエレメントが違う事も話したわよね?」

「はい」

「なら、早速、本題に入りましょう。基本的に魔法を使うときは、適正のある魔素エレメントをメインに使用して、他の魔素エレメントはあくまで、添えるだけなの。たとえるなら、そうね。シチューが適正魔素エレメントなら、サブはククの実ね」


 ククの実が何かは分からないが要するに、カレーと福神漬けの様なものだろう。

 

「さてさて、では適正のある魔素エレメントを調べていきましょう。じゃっじゃじゃーん」


 急にハイテンションになった、シャナが取り出した物は水晶玉の様な道具。

 中央に美しい青色のモヤが渦巻く。

 

「これをもって『ゲネシスビータルエレメンツ』と唱えてみて」


 そして、水晶玉を私に渡した。

 その道具はハンドボールほどの大きさだが、重さはサッカーボールほどであった。もし、これが本物の水晶玉であるならば、重量はこの程度では、済むまい。


「分かりました。ゲネシスビータエレメンツ」



*



「うーん。これはどういう事かしら」


 シャナさんは水晶玉を抱えた私を眺めながら頭をかかえる。

 数分前シャナさんに指示された通りに、いくつか呪文を唱えた所、唱える度に水晶玉が光り、それを見たシャナさんは困惑した。


「えーと、何か問題があったのですか?」

「問題があったというか……問題しか無いというか」

「それは、えっと」

「結論から言うと、貴方の適正魔素エレメントは分からないわ。いや、正確に言うと、全てに適性がある。貴方に渡したこの道具は、魔素エレメントを使った際に発生する魔法の強度を測る物よ。これを使って、貴方が、それぞれの魔素エレメントを使用した場合に発生する魔法の強度を調べたのだけど……どれも非常に高い値を示したわ」

「そんな事がありえるのですか?」

「無いわ。絶対に無い」

「それじゃ……」

「可能性があるとしたら一つ。もしこの可能性が当てはまるとしたら、私は貴方にもっと敬意を払わないといけないわね。貴方、本当に何も思い出せないの?」

「ええ。何も」


 シャナは眉を細めると首をかしげた。

 

「もしかしたら、貴方そもそも人間では無いのかもしれない」



*


「これは面倒な事になったな」

「なーにが、『面倒な事になったな』ですか。しっかり説明してください。アルシエラ様」


 発光している謎の花に囲まれた客室。

 その中央のベッドに私は座っていた。

 向かい側ではソファーの上に猫の様に寝転ぶモフたんことアルシエラ様。

 一連の魔法教室での出来事の後に聞いた話だが、この花は光源の他に、魔素エレメント変換装置としての機能もあるらしい。

 星木ヴァイダが不足している。現在のブランドレアではこの装置はどの精霊師《マギーズ》の家にもあるそうだ。


精霊師マギーズという物は、神から祝福を受け、魔法が使用できる様になった人間の事だ。皆、等しく神霊から、魔法の出力器官である精霊核オドを所有している。しかし、この世界には魔法を使用できる存在が他に二つある」


「神霊ですか?」


「そうだ。そしてもう一つが眷属。どちらも、全ての魔素エレメントを自在に操れる」


「眷属と精霊師マギーズは別物なのでしょうか?」


「全くの別物では無いが、少し違う。精霊師マギーズは信徒であり、眷属は使徒である」


「つまり、どういう事ですか?」


精霊師マギーズが平社員なら、眷属は幹部だ」


「急に分かりやすくなったけど、神秘的な雰囲気が損なわれましたね」


「そして、普通、神霊は人の子を眷属には選ばない。選ばれるのはゴーレムやドラゴンの類いだ。人間の生はあまりにも儚く使い勝手が悪い。まあ、いくつかの例外は知っているが、お前もいずれ彼らに出会うだろうから、今は話す必要は無い」


 眷属は人外がなる物。彼が言いたいのはそういうことだ。つまり……。


「つまり、この世界には、私以外に、人間の眷属は居ないと?」

「その通りだ」

「それを早く言え」


 こちらの怒りなど彼には、興味が無い事であるらしく、モフモフは私が乗っているベッドに平然と寄ってきた。


「ベッドの上に乗らないで下さい」

「何故だ? 人の子はこの様な物の上で寝るのだろう?」

「私の直径二十メートル以内に入らないで下さい」

「それまだ続いていたのか」

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