4 モフシエラ
超自然的な力で発光する天井に巻き付いた花。床には精密な刺繍が施された美しいマット。そして洗面台に使用されている鏡は、どういうわけか、時折波打ったような文様が走る。
もしこの風景を写真に収める事が出来るならばそれを見た人は皆、この風景が映画のセットかCGだと思うだろう。
洗面台の側に置いておいたタオルを手に取り、びしょ濡れになった己の髪を拭く。
「魔法を覚えたら髪ぐらい一瞬で乾くのでしょうか」
そしてそのような事をぼそっと呟きながら、シャナさんから借りた白いワンピースを纏った。
ワンピースの素材は、絹のようになめらかであり麻のように通気性が良い。
しかし何が繊維に使われているのかは不明である。
シャワー室から出ようとしたその刹那。
階段に積まれていた数冊の本が視界に写った。表紙に描かれていたのは蝶の羽が背に生えた女性の絵。
妖精だろうか。
あるいは女神か。
「何の本でしょう。表紙に書かれている文字が読めないので判別ができませんね。この文字……ヒエログリフと似ています」
「すまない。会話は、俺の権能で翻訳していたが、読み書きまでは考慮していなかった。というかその多すぎる独り言はどうにかできないのか」
すぐ側から聞き覚えのある声。
冷徹かつどこか暖かさのあるそんな声。
裁定神アルシエラだ。
振り返り辺りを見回す。
しかし彼の姿は何処にも無い。
まさかお化けだろうか。
いや幻聴か。
嫌な予感がした私は階段を駆け上がろうとする。
しかしその刹那。左足首に強力な猫パンチがヒットした。
「いたたたた」
攻撃者の姿を捉えんと猫パンチが飛んできた方向を見る。
そこに居たのは……。
「モフたん!」
「だーれが、モフたんだ。君は一応、俺の眷属……」
「謎の声の主はモフたんの姿をしたアルシエラ様、略して『モフシエラ』でした」
「話を聞け。そして新しいあだ名を着けようとするな」
そういえばキノコの上で目覚めた時からずっと彼は居なかった。
自由に歩いたり走ったり出来ることに感動するあまり一応主人となったはずの神霊のことはすっかり忘れていたのだ。
状況を整理し冷静になる。
そして、彼に問いかける。
「ところでモフシ……アルシエラ様はいつからここにいらっしゃったのでしょうか? 」
「普通どうして俺がこの様になったのか尋ねるだろう。まあいい俺が居たのは、君が湯浴みをしていた辺りから……」
「申し訳ないのですが、アルシエラ様私の半径五メートル以内に入らないでください」
「神霊の本体は
「やっぱり、私の直径二十メートル以内に入らないでください」
「先程より禁足地が広くなっていないか?」
*
夕食を取っていたリビングに戻ると、ダイニングテーブルの近くにあった椅子に座る。しばらくすると膝の上にモフたんが乗った。
本当なら今すぐ冷蔵庫にでも放りこみたいが、不治の病を治してくれた恩人様をそうする訳にはいかない。
シャナから夕食前に聞いた話の続きを、シャワー後にする約束をしていたが、集合場所のダイニングに彼女はまだ来ていないようだ。
周囲を見渡す。
シンプルかつ上品な木製の家具の数々が並ぶ。
その中で一番特異的だった家具は、一台の糸車。
それは、何の変哲も無いごく普通の糸車。
しかし、それは何年も放置されていたらしくほこりを被っていた上に一つ気になる物が貼られている。
一枚の写真。そこに写っているのは二人の少女。
容姿がよく似た赤髪が美しい彼女達は、糸車の側で立っていた。
二人の内一人はオッドアイだった。
シャナだろうか。
私と同い年の頃に撮った写真だと思われるが、美しい容姿は昔から変わらないらしい。
膝の上のモフモフを見下ろす。
「それで、アルシエラ様は、どのような経緯で、この様なお姿に?」
「最初にそれを聞けよ。君をこの世界につれてくるために虚数海を通っていた所を刺客に襲撃され、俺の本体であり、魔法の生成器官たる
「つまり?」
「今の俺より君の方が強いということだよ」
「一応四大神霊であるアルシエラ様よりも私が?」
「一言余計だあほ……キューイ」
急に彼の声がいつものモフたんの状態に戻る。
そして耳を澄ますと誰かが階段を降りている音がする。
静かな足音。ステファニーちゃんでは無い。だが足音の軽さからして降りてきているのは子供のだろう。
一人の少年が姿を現す。
「君が客人の
そこに居たのは、凜々しい深い青の瞳が映える少年。纏っている服はら下半身がスカートになっており昔のヨーロッパ貴族が愛用していた服と似た物と似ている。
そして、何故か手には無数の絵の具らしき物が付着していた。
「えーと、多分そうです」
「なら、頼みたいことがある」
「頼みたいことですか?」
「とある女性について調べて欲しい」
「その様な依頼は、私より探偵の方が……」
「他の人じゃダメなんだ」
彼が私に歩み寄る。
「よそ者の
群青の虹彩がこちらを見据えた。
「昔、焼いてしまった油絵に描かれた女性が、僕が一人で留守番しているときに訪ねてくるんだ」
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