テクノポリスのすみっこで

猫屋 寝子

第1話

 その日は、いつもと変わらない一日だった。


 睡眠という名の充電をし終えた朝に朝食である電気トーストを食べ、その後は製作者である芥田あくた博士の助手として研究の手伝いをする。昼時になれば昼食の電気定食を食べて、また研究の手伝いをする。


 理系AIロボットのデルタと文系AI ロボットのリュウノは、そんないつものルーティーンをこなしていた。



 いつもと違ったのは、その日の夜のことだ。


 その日の夜、夕食の電気ウナギ丼を食べ終わった後、デザートとして食べるよう芥田博士に差し出されたのはひとつのナノチップだった。


 目の前の小さなお皿にちょこんと乗せられたチップを見て、リュウノは眉を下げる。


「こんなの、小さすぎてデザートにもならないですよ」


 文系AIロボットである彼女はデルタよりも感情というものを理解しているため、表情というものが自然に作れる。デルタはそれが少しだけ羨ましかった。


「確かに、デザートというには少なすぎたか」


 悪戯っぽく笑う芥田博士に、デルタは興味深そうにナノチップを見つめる。理系AIロボットとして、『何故これが出されたのか』よりもこの中身が何なのか興味が湧いたのだ。


「これには何かのデータが入っているのですか?」


 興味深々なデルタに、芥田博士は満足気に頷いた。


「そう。大事な秘密のデータ」


 芥田博士はそう言うと、一呼吸おいて声を真剣なものにする。


「いい? 今日、これを二人にあげるのはあたし達だけの秘密だ。誰に何を聞かれても、今日のこのことは誰にも話さないように。これはいつものお願いじゃない。だ」


 AIロボットを対等な存在として扱う芥田博士は、デルタ達にあまりをしない。何故ならば、制御の関係でAIロボットは自身の製作者からの命令を完璧に遂行するようプログラミングされているからだ。


 デルタとリュウノを人間のように扱う芥田博士は、普段二人の自由意志を尊重して『命令』ではなく『お願い』として指示を出している。そんな博士が敢えてをするとは、中に入っているデータは余程重要なものなのだろう。


 命令を受けた二人は、迷うことなく頷いた。


「ありがとう」


 芥田博士はそうどこか悲しそうに微笑むと、二人にナノチップを食べるよう促す。二人はそれぞれ目の前にあるナノチップを指でつまむと、口元へと運んだ。


 ナノチップは噛まずとも、自然に溶ける。これは読み込み機能が舌についているからだと以前芥田博士が言っていた。味覚機能は先日芥田博士がつけてくれたが、このチップに味はない。データを取り込むだけなのだから当たり前なのかもしれないが、少しだけ物足りなく感じる。


 不意に、デルタは脳内に新しい――否、既視感のある情報が流れてくるのを感じた。


「19270724……?」


 デルタはこの数字の並びを知っている。1927年7月24日――芥川龍之介の命日だ。芥川龍之介といえば芥田博士が敬愛する作家の一人。彼に関する情報は、理系AIロボットであるデルタも学習させられていた。


 ――リュウノは何だったのだろう。


 デルタはそうリュウノの方を向くと、彼女も不思議そうな顔を浮かべていた。その様子を見るに、彼女も記憶にある情報だったようだ。


「私は18920301でした。1892年3月1日――芥川龍之介様の生まれた日ですよね。デルタのは亡くなった日。新しく学習させずとももう覚えていましたよ」


 ――リュウノのは誕生日だったのか。


 ますます意味が分からなくなって、デルタは首を傾げる。芥田博士は話を続けた。


「うん。知っているよ。昔、あたしが二人に記憶させたからね。だけど、今回はその情報が示す意味ではなく、数の並びとして頭に入れておいてほしいんだ。いつか、それが必要になるときが来るだろうから」


 デルタは顔を上げ芥田博士を見た。彼女はやけに神妙な面持ちをしている。それが何の意味をあらわすのか、デルタには分からなかった。


 ――心境を読み取るのが得意なリュウノは、どうだろう。


 そうリュウノに視線を向けると、彼女は眉を顰めていた。どう見ても納得できていない表情なのに、次の瞬間何故か彼女は頷いている。


 感情がまだ発達段階であるデルタは、そんなリュウノの行動に疑問を覚えた。しかし、それを尋ねてもきっと今のデルタには理解できない。そのため、結局何も言わないことにした。芥田博士も、何も言わないのだ。特に問題のある行動ではないのだろう。


 少しだけ沈黙が場を支配して、芥田博士が空気を変えるよう手を2回叩いた。


「さ、あたしはお風呂に入ってくるかな」


 芥田博士はそう明るい声で言うと、立ち上がり風呂場のあるドアの方へ向かう。いつもと変わらないその様子に、デルタは少しだけ芽生えた違和感をかき消した。


 芥田博士の後ろ姿がドアの向こうに消えて、不意にリュウノが口を開く。


「今日の博士変だったね」


「そうかな? 話し方とか、仕草とか、いつもと同じだったよ」


 デルタは自分の感想をそのまま伝える。デルタの中で、違和感を論理的に証明することができないのだからこういう結論になるのは仕方がない。


 それに対し、リュウノは「そうだけど……」と表情を暗くさせた。彼女は文系AIのため、たくさんの小説から表現やその感情を学んでいる。彼女の中で何か気になるような箇所があったのだろうか。


「うまく言葉にできないんだけど、なんかいつもと違ったんだよね」


 感情に機敏なリュウノが言うのならば、実際にそうなのだろう。デルタは「まあ、何かあれば話してくれるでしょう」と大きく伸びをした。ロボットのため肩こりなどはないが、自然と体が動いてしまう。これも、人間らしくするための芥田博士のプログラミングのひとつだ。


「そうだよね。今ここで考えていても、仕方ないもんね」


 リュウノはそう自分に言い聞かせるように頷くと、デルタを見つめた。


「でも、もし芥田博士に何かあったらいけないから、分かったことがあれば教えて」


「心配性だなぁ」


 デルタはそう笑うと、目の前の自分とうりふたつの容姿を見つめ返す。


 綺麗なロングの髪にぱっちりとした二重瞼。整った顔のパーツはどれも同じだ。唯一違うのは、髪色。リュウノが黒色、デルタが白色だ。――ちなみに芥田博士は灰色で、二人の髪色は交ぜると芥田博士の髪色になると言う理由から選んだらしい。


 リュウノのは微笑むと、デルタから視線を外し立ち上がった。


「お皿、片付けるよ」


「ありがとう」


 リュウノはデルタの分のお皿も一緒に持つと、台所へと向かう。デルタも片づけを手伝おうとテーブルの隅に置かれたアルコールウェットティッシュを一枚とり、テーブルの上を拭き始めた。


 ――大丈夫。何も、起こらないはずだ。


 デルタはそう自分に言い聞かせ、無心でテーブルを拭く。やけに、胸がざわつく夜だった。

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