毒者の血清  ─ 鈴蘭の服毒治療集 ─

彩白 莱灯

第1話 誰も寄り付かない村

 ——  西華国のはずれ



 雨が連日降り注ぐ。

 地はぬかるみ、作物は腐り、人々は疲弊する。

 作物が入っていたであろう空箱と相席し、粗末な荷台で揺られ、俺はとある村に来た。



「先生。今この村に立ち入るのはやめておいた方がいい」

「なぜ?」

「噂だが、あの村では、雨が降り続くと人が死ぬらしいんだ」

「……ほう」

「そんな村、怪しすぎて年中誰も近寄らねえよ。先生もまだ若えんだろ、やめとけ」

「よし、俺が様子を見てこよう」

「聞いてねぇなおい……しらねぇぞ」

「俺には目的があるんだ」

「……そうかい。なら、もう止めねぇよ。七日後、またここまで来てやるから、生きてたら会おうぜ」

「ありがたい。お代を」

「毎度……っておい、多いぞ」

「前金だ。またな」



 荷台を降りて、降り注ぐ雨の中をゆっくり歩く。

 運び屋の店主は雨音に紛れて消えて行った。


 俺は噂の村に用がある。

 雨が降ると人が死ぬという不思議で不気味な村。

 いったいどういうことなのか。

 数時間歩けばたどり着く村や町ではそんなことは起きていない。

 ここの土地だけだ。

 なぜなのか。

 この謎を解くことが医の道に進んだ俺の使命。

 謎を解き、書に書き残し、世界に広め、失う命を一つでもすくい上げる。

 それもまた、医者のあるべき姿だと俺は思う。


 ぬかるんだ道を進み、全身が横殴りの雨を受け入れる。

 柵と花に囲まれた村では、傍から見るに人は出歩いていない。

 それもそうだ。

 こんな雨なのだから。

 誰もいないことを確認し、敷地内に踏み入った。

 目に見えない仕切りを跨ぎ、けれど変わらぬ踏み心地。

 貧しいながらも、至って普通の村のようだ。



「あんさん、誰だ?」



 声のするほうを見れば、家の扉の隙間から覗いてくる、一人の男がいた。

 酷いクマ、細くやつれた姿。

 あまり食べれていないのだろうか。



「通りすがりの者だ。この村に用があって来た」

「用? 誰かの知り合いか? 時期が悪かったな。後悔する前に帰った方がいい……あんたも死ぬぞ」

「ということは、ここで人が死ぬという噂は本当なんだな」

「冷やかしだったか」

「いいや。俺は医者だ。患者は何処だ?」

「……いしゃ。医者!」



 壊れるほどに開け放たれた扉から、勢いをつけて飛び出してきた。

 親の仇のような血走った目で、俺の胸ぐらを掴んで言う。



「ついに!! 遂に来た!!! 医者が!! 助けが!!!」

「案内してくれ。誰か死にそうなんだろ」

「ああ、ああ! こっちだ!!」



 逃がさない。

 そう言われているかのように、強く、強く腕を引かれる。

 男の家からそう遠くない場所。

 村の入口にもあった、赤と青と紫の鞠のような花。

 蔵ほどの広さのある建物。

 建物に寄りかかって項垂れる男女数名。

 中からは、なにかの声と、なにかの音。

 そして、異臭。

 雨と曇天と花が、蔵の様子をより不気味なものとした。



「おい! 医者が来たぞ!」



 扉を開ける前から声を発し、一足早く敷地内に踏み込んだ。

 開け放たれた異質な扉を覗けば、横たわる人間たちと、看病に当たる人たち。

 横たわるのは子どもが多そうだ。

 看病人は俺の方を見るが、近寄って来る者はいない。

 何とか体を起こしてこちらの様子を窺っているだけだ。

 室内に入る前の準備として、外で手袋と布で口を覆った。



「失礼する」

「この子を見てください!」



 一人の女が腕をひいた。

 俺の意思は関係ないらしい。

 横に引かれ、下に引かれ、視界を一人の人間が埋め尽くす。

 薄汚れた布に包まれたのは、やはり子ども。

 突然現れた俺に反応を示さず、浅くい呼吸を繰り返している。

 目は閉じられたまま、息苦しそうな様相。

 水も飲めていないのか、乾燥して乾いた唇。

 口の周囲から香る酸っぱい匂い……汚れとしても嘔吐を繰り返したことでの胃酸か。



「いつからこのような状態に?」

「み、三日前からです。少し目を離していたら外で倒れていて……」

「三日……ふむ」



 書に情報を書いていく。

 このような状態になったからなのか、この子もひどく痩せている。

 そもそもの体力もなさそうだ。

 追い打ちをかけるようにこの体調不良なのだろうか。



「別の患者も診てくる」

「そんなっ! 先生、この子はどうしたらいいんですか!」

「まだ特定はできない。少し待ってくれ」



 縋る母親らしき女の手を離し、次の患者を診る。

 正直なところ、そもそもの様子がわからないうえ、普段から栄養が足りていない可能性が高い。

 症状も色々な病気が当てはまりすぎて特定しようがない。

 特定できなければ、処方も治療もあったもんではない。

 対処療法するしかないのだが……。


 そんなことを考えつつ、蔵内の全員を診終えた。



「先生、どうしたらいいんですか」



 急かすのは一人だけではない。

 看病に当たっていたほぼ全員が、俺を縋る眼で見てくる。

 内心。いや、背中。

 俺は、冷や汗を流す。



「治療は……できません」

「……え?」

「なん……え?」

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