第三幕 「夏休み 三十日後に想いが募って我慢出来ず大人のキスをやらかす加藤スバル」

第24話 一年前の振り出しに戻った黒田勘九郎の憂鬱(大幅加筆あり)

夏休み 夜明け前


 今は朝方、空が黒から白く移りゆく頃。我が家は駅から離れた閑静な住宅街に位置するので騒音から無縁だ。ときたま牛乳配達の軽トラが走り抜けていくのみ。それより田んぼから聴こえるウシガエルの大合唱に僕はクレームをつけたい。単調だからたまにはアカペラでも奏でてほしいものだ。


 世間一般では夏休み、または夏季休暇、でも僕達学徒にとってはアオハルターニングポイントではなかろうか。この結果次第で新学期で僕達の舵の取り方が決まる。

 頑張った者はもちろん賞賛を浴びて、手を抜いた者はただの自己満足の思い出になる。

 即ち夏休みとは自己研鑽という新学期にドヤ顔してカースト上位に伸し上がるというアイデンティティを確約するためのレースではなかろうか。

 と言っても僕がこのレースへ参加してるとは限らない。はっきり述べるとどうでもいい。僕には僕のペースがあるので学校でえばりくさる権利なんかいらないし、願わくは静かに学校生活を何事もなく消化したいという気持ちがある。

 そんな偉そうな大言壮語吐く僕は何をやっているかというと、クーラーのきいた部屋で机へ向かっていた。でも勉強をこなしていたわけじゃない。宿題はあらかたメドが立っている。


 では何かというと小説を書いていた。

 女の子向けの恋愛小説。

 趣味で書いていたら何年か前にヒノワが勝手に応募して大賞をとってしまった。 今更断ることもできないし、編集の人達もいい人が多いのでやってみると続刊を維持して他の新作も増える。なので心を折ることもなく今まで続いている。むしろ大事な資金源でもあった。なので陽輪には最初に読む権限を与えている。

 ちなみにこの家の屋根裏部屋には膨大な書きなぐった小説達をブラックボックスとして隠していた。


 それよりだ、もっと現実味ある厄介事が夏休みに入り毎日ボクの部屋で苦しめられている。


「そろそろ帰ってくれないかな二人とも……」

「………… 断る。ここはアクアのモチベーション維持に最適」

「お前は悪魔か! ばーろ! オレの制作を進めるにはちょうどいい空間なんだよ。おたんこなす」


 押入れを開けると上段に片桐水瓶(カタギリアクア)こと、アクアが絵を描いていた。下段には脇坂星雲(ワキサカキララ)がはんだこて片手に基盤を修復。片目には小型ルーペをはめていた。


「なにやっているのかなー二人とも」

「アクアは仕事」

「オレも同じく」


 アクアは分かる。神絵師ともてはやされているので、ネットで注文を受けて絵を納入しているから。企業にも描いたことがある。

 キラは廃品を手に入れて自分で修理、それをネットで売りさばいていた。

 いつのまにかうちの家はトキワ荘になっている。そのうち漫画の神様とか誕生しないか不安だ。

 アクアとか幼馴染みメンバーが毎日、何かにつけて僕の家に入り浸っている。秘密基地になりつつあった。合い鍵も全員持っているのでもし僕が倒れても安心。

 しかしそれだとプライベートが維持できないのでとても困っていた。僕にだって隠したい一つや二つあるからだ。

 それがそろそろ頃合いである夏休みの日課。部活動の一環で日頃応援してくれているリスナー達へのサービス。


 そろそろ朝か。徹夜で作業したので時間の感覚がおかしくなっていた。


 もう一つの仕事をしようか。

 僕は部活用スマホを取り出す。 放送部の仕事。

 僕の別ペルソナ、 放送部の王子様として、ファンクラブ特別サービス『 王子様のモーニングコール』の実施していた。

 実は僕が書いた小説の感想というか生の反応を直に味わいたくて、朗読劇という形で始めたのが王子様誕生のきっかけ。


 ただ起こすだけの仕事だが、なぜか女子達に喜ばれた。

 今日のリストをチェックして一番目にダイアルする。


「お姉ちゃん朝だよ。今日また遅刻したら教頭にまた散々嫌味言われるよ」

『こら勘九郎! なんで王子様ボイスで起こしてくれないんだ? お姉ちゃんとても楽しみにしていたのにー!』

「銀河お姉ちゃん相手だと興が覚めるからだよ。いきなり最初に指定しないでくれるかな?」

『勘九郎怒っている? 怒っちゃっている?』

「怒ってはいないけど呆れている」

『うわあああん! 良いじゃんかよー! 姉の特権でー!』

「分かった分かったよ。こほん……おはよう僕の可愛い銀河、起きたかな。君の寝顔が素敵でつい魅入ってしまったよ。このまま添い寝しようとしたけど狼みたく手を出しそうなので気持ちを押さえたよ。さあ、起きようか僕の可愛い子猫ちゃん」

『はい王子様! わたち起きりゅう♡』


 全く僕のモチベーションを上げさせる為にわざわざ手の込んだ演技をしているんだろうけど、付き合う方も大変だ。

 その後も数件こなし最後の一軒。


 実はここに大問題というか一番の難所があった。

 あのすーちゃん……加藤統星(カトウスバル)へ王子様としてモーニングコールをかけること。剛毛をなんとかしてくれた時に約束した報酬だった。

 親友、石田大和と約束もあり彼女でもある加藤さんとは距離をおいていた。スマホとかの通信機器も全てブロック。


 幸い連絡に使用するのはキラから借りたセカンドスマホ。ラスボスへ挑むように足がつかないよう万全の体制で対処する。

 どうか僕だとばれませんようにと、神様へ祈りを捧げる。


「おはようスバルちゃん」

『おはようございます王子様』 

「まだ緊張しているのかな? 声が硬いよ?」

『そんなことは……あります。また掛けてくれるの楽しみにしていたので』

「それは光栄。ありがとうね。緊張しても僕に会ってくれる君が大好きだよ。愛してる」

『うわわわわわ! 私も私も大好きですー!』

「ははは、今日も一日頑張っていこう」

『はい王子様!』


 通話を切った。で、キラとアクアが僕を冷ややかに軽蔑するかのように視線を送る。


「…………うわー、夢の舞台裏ってロマンスの欠片もねーな。な、アクア」

「きも……」

「僕は役目を果たしているだけだよ」


 だからキラ達の前ではやりたくなかったんだ。なのに毎日時間合わせてこの時間帯は僕へベッタリしている。そんなに僕が嫌いなのか?


 なんでオレにはやってくれないんだよバカと、キラがなんかブツブツ言っていたが気にしなかった。


「大体なんでキラがここにいる?」

「なんでって、オレが暇だったからかな」


 押し入れから這い出て来たキラは僕のジャージ着ていた。また無断で……。ということは着ている服を洗濯して干しているんだろう。


「まだ火事になったの許してないんだからね」

「しょうがないだろ。オレだって金稼がないと暮らしていけないんだから」

「まだ家出継続中なの? この不良少女は。ダイワとか女神姉ちゃんところじゃないの?」

「いんや、ネットカフェ。誰かがまたルームシェアしてくれたらなー。ダイワとか女神の家は豪邸だから逆に居心地が悪いんだよ。また神待ちやろうかね」

 

 眼鏡をかけた褐色ギャルはにししといたずらっぽく笑う。耳にはピアスが数カ所付いている。痛くないのかな。


「駄目だ。それだけは絶対やらせないよ。分かった。夏休みの間だけならルームシェアしていいよ」

「まじ! ありがとう。だから勘九郎は大好きだぜ!」


 バイト仲間で幼馴染み、不良友人ビーこと脇坂星雲(ワキサカキララ)。チビメガネオレっ娘は放浪癖があり良く家出する。

 これでも僕より歳上なんだけど自由人過ぎて年下に見える。なので、楽観主義者で貞操観念とか色々緩いので僕達で保護しないと危険なのだ。


「でも、どうして急にみんなうちに集まりだしたんだ?」

「気づいていないのか?」

「なにが?」

「お前の様子が明らかにおかしかったからだよ」

「様子?」

「頭手入れしてないからアフロになっている。あと無気力に拍車がかかって、ただの屍になっていることが多い。北斗が心配してオレ達が様子見に来ているんだ」

「そうか」

「何かあったのか? 昔の荒れていた勘九郎みたいだ」 

「いや……特には何もないよ」

「一年前のホクトを振ったときの勘九郎みているみたいで痛いんだよ」

「そうなのか……」  


 自分ではわからないものだ。そこまで恋人でもない加藤さんのことを引きずっているなんて。

 キラは風呂入ってくるーと部屋から出ていった。


 忘れて行ったキラのスマホが鳴る。たまたま目には入ったSNSのチャットにはオリオンと入っていた。

 うん? オリオン? 何処かで聞いたことがあるような……。


 オリオン:『セイウンさん首尾はどうですか? 私の方は昔の読んでシナリオの癖は理解してますけど、オリジンがあった方が精度があがるのでサルベージお願いします』


 セイウン:『了解。でも時間がかかるかもしれない。やっと合い鍵を手に入れたけど、また失恋したようなダーク勘九郎になっているから引き篭もっているんだよなー』


 なんだこれ? セイウンって多分キラのことか……。まーあいつのプライベートだから詮索はしない。

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