第20話 輝く空と君の声



 日曜日。一日恋人デート決行日


 快晴。上を仰ぐとすっかり青々とした夏の空。眩しいから手をサンバイザー代わりの日よけにして眺める。 

 のんびりと泳いでいる雲。銀色に反射するビル群。道路には熱気で現れる陽炎。

 この前まで毎日通学が憂鬱だった雨が嘘のようだ。梅雨明け宣言したので傘とバイバイできてとても嬉しい。

 待ち合わせ場所の駅前ではこの暑い中結構な人通りであった。この前までの雨続きだった影響なのが手に取るようによくわかる。みんな鬱憤を晴らしたいのは変わらないよね。


 そんな時、煌めく空と賑やかな駅前ロータリーをバックに、一際目立つ存在感のある少女が通行人に混じって歩って来る。

 へぇ、あの子可愛いな。

 目を引くウェーブの掛かった黒髪が特長のもの凄い美少女。

 進路的にこちらなのだろうけど黒髪ロングヘアーは僕のモロタイプなので内心ドギマギ。

 でも予想と裏腹に僕の目の前で足を止める。


 無地のキャップとスカートも隠れるぐらい大きい白のダボダボなパーカー、ボーイッシュなラフな格好をした美少女は、「おまたせくろー。今日は楽しもうぜ!」 喜びを込めているように手をあげた。


 艷やかな黒いロングヘアーに赤みがかかった大きめな瞳、薄化粧しているきめ細やかな白い肌、長いまつげ、二重まぶた、瑞々しい柔らかそうな厚い唇、ニカッとほころんだときにみせる白い歯。


 僕は言葉を失う。よく観察すると加藤さんだった。優等生な普段とは大分変わった活動的なファッション。

 でも、そんなことはどうでもいい。あの加藤さんのトレードマークだった明るい色の髪の毛が真っ黒になっていたからだ。


「か、加藤さんどうしたのさ。その髪は?」


 僕は恐る恐る質問する。答えが聞くのが怖かったけど。


「彼氏が黒髪が好きって言うんだから好みに合わせないとね」

「勿論彼氏とはダイワのことだよね? まさか一日恋人の僕のためにこんな馬鹿な事やってこないよね?」

「くろーはそれだったら嬉しいのかな?」


 イタズラぽく聞き返して来る加藤さん。とても意地悪で可愛い。


「嬉しいけど恐れ多い。変な汗が出てきたよ」

「メンタルよわ! まーうちの彼氏の為に決まっているじゃん」

「それは、そうだよね……その黒髪とても似合ってるよ、キュートだ。 大好きだよ」

「にはは、ありがとうくろー。 とても嬉しいよ!」


 カラッとした輝く空のもと、ちょい高めで鼻にかかった柑橘系な甘さと酸味がある声色の加藤さんは破顔した。ニカッと。


 今まで見たことがない屈託のない笑顔。僕はまだ全然彼女のことを知らない。


「でも減点だべな」

「なんでさ?」

「くろー、私のことは加藤さんじゃなくてすーちゃんと呼べとこの前言ったよ? 今日は恋人デートというシチュエーションなんだかんね。ここ大事だから」


 両口の端を上げる加藤さん。引きつりながらもスマイル。ただし目は笑ってない。


「きっかけないと中々言いづらいんだけど……」

「ならそれが今。さあ言え、今言え。 じゃないとどんどんお題が追加していくよ」

「……すーちゃん」

「声が小さい もう一度」 

「すーちゃん!」 

「グッド!」 


 活発な黒髪美少女は手を握って親指を押し出すポーズ。何このイケメン。


「でも、なんでこんなことを考えたの? ごっこ遊びにしては大げさなような気もする。恋人がいるすーちゃん?」

「だからかな。 親友の恋人じゃ変な気は起きないでしょ?」

 

 起こした人に一人心当たりがあるんだけどね。


「で、今日はどこ行くの。加藤……すーちゃん何か予定はある?」

「それを事前に考案するのが男の仕事でしょが。私がエスコートしてどうするのさ。まさか交際経験があるのにノープランというわけではないよね?」

「すいません、全然事前リサーチしてません。ファミリーみんなで行動するのが多かったので、僕はただ付いて行っただけで、デートらしいデートはしてないのです」

「わーださ。仕方ない。こんなこともあろうかと、私の方でもデートプランをチョイスしてきた」

「さすがすーちゃんカリスマ優等生」

「いやいや、あんたが感心しても嫌味にしか聞こえないんだけど。散々私のことをポンコツとかスクラップとか酷いいいようだったからねー」

「すいません」


 鼻先まで距離を縮めたすーちゃんから、風に乗って髪から流れでた気持ちいいシャンプーの香りが鼻腔をくすぐった。


 ——で、なんだかんだいいながら場所移動。


 なぜか決まった場所がバイト先の喫茶店だった。

 窓際、奥から2番目。僕の指定席にしてルーティン。


「 ご注文お決まりでしょうか?」


 声をツートーン高めでにこやかにスマイルするバイトモードの幼馴染みの脇坂キララ。

 しかし、メガネの奥が語る。勘九郎のくせに女の子連れとはいいご身分じゃねえかこの野郎、と。

 可愛いボブカットと制服に反して性格はとても男っぽい。というかガサツ。

 いつもろくなもん食ってないので肌色は悪い。死体と言ってもあまり見劣りはしないだろう。


「はて貴女どこかで見たことがあるような?」

「どこにでもいるただの美少女ですよ! えへ」

「はぁ……そうですか」


 この二人、体育祭で面識あるはずなんだが直接対話は初めてだから要領をえないようだ。すーちゃんはキラを関わってはいけない人種に思ったのか、苦笑いしながら適当に言葉を濁す。

 その選択は間違ってはいない。学校で爆発騒ぎを起こし、僕の家も火事になるところだった。 


  全く反省のしてない家電改造オタクがまともな思考を持ってるわけもなく、「決まったらとっとと言いやがれです」ニコッとぶりっこぽく振る舞うキラ。


 でも細めた目が語っている。この状況を幼馴染み達にバラされたくなければ対価もしくは口止め料をよこせと。仕方ないので出禁だったが、すーちゃんには見えないようキラへ僕の家の鍵を渡した。

 

「それにしてもすーちゃん、最初のデート場所を何でここにしたの?」

「それは私たちにとって始まりの場所にして因縁の場所だから。私いきなり掴み掛かっているじゃん、だからリセットしたい気持ちがある。あの時はくろーの人となりを全然知らなかったから。ただの最低の奴だとしか思ってなかった」

「今はどう?」

「変人だよ。いい変人。噂でしか判断できなかったからあんな対応だったけど、今は色々と付き合ってみて違うと思った」

「すーちゃんありがとう」

「北斗に関しても言えない理由があるでしょ?」

「悪く言いたくないんだよ。子供の頃から沢山沢山助けてもらったからね。 今だってそうだ。本当だったら彼女の思いに答えてあげたいけど、友情と違って、恋人の場合一度信頼関係に不信感がつくと払拭することはできないよ。どんな理由があろうともパートナーへ打ち明けることができないのならね」

「それでも私が聞きたいと言ったらくろーは教えてくれる? 赤の他人だった前まではその権利なかったけど、もう仲のいい友達だし資格は十分にあると思うんだよ」


 すーちゃんはいつにもまして積極的だ。もしかしたら僕に巣食う闇を受け止めてくれるつもりなのかもしれない。

 もしそうなら僕はどうしたらいいのだろうか?


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