第13話 とても僕が気持ち悪い



 数日後


 重い病気の妹の様子を見るついでに医者に見てもらう。お陰様でもう全快したようだ。医者に働きすぎ、その内死ぬよと言われる。だったらバカ高い妹の医療費まけろと直談判したいがそうもいかず、銀河先生の車で送ってってもらい遅い登校を果たす。  


「今日も休んだらどうだ?」 

「ありがとう。でも、もう大丈夫だよ。だからいつものように元気な銀河先生でいていいんだからねお姉ちゃん」


 母のように心配する銀河先生の癖毛ある黒髪を優しく撫でると、「勘九郎まで死んだらと思うと背筋が寒くなる……。妹の為にも体調だけは気をつけろ。な?」学内の駐車場で降ろされた。ここから校舎へ向かう。


 ——そして放課後になり、いつもの僕の憩いの場。普段静かな図書室で軽快なリズムが流れていた。

 加藤さんは課題曲をプロセス通りしなやかに伸びやかに、鑑賞する者へ語りかけるよう記憶へ刻む。

 出来損ないの廃棄ロボットみたいな見るに堪えないダンスから一変して、 まるで優雅なフラミンコのような妖精のようなダンスへ昇華。見事に踊れるようになっていた。

 しかもお手本にしていいほど完璧。 僕は驚嘆した。 そしてその美麗な姿に見惚れている自分に驚く。


「どうよモジャモジャ、うまく踊れてるだしょ?」

「うまいよ完璧」

「ざまぁ、あんたは散々私を見下したからなー。やっと気が朝晴れた」


 加藤さんは腰に手を当て鼻高々。

 あれだけ苦手意識があっても見事に克服。仮面優等生だけあってカリスマというブランドを維持するための努力は桁が違う。


 できるようになって嬉しくてしょうがないのか天敵のように接してくる僕のに披露してくれた。


「独学でよくここまでなったよ」

「ふふん、ありがとう、何とかなった。いやー苦労したよ。一時はどうなるかと思ったけど作ってくれたマニュアル本のおかげで何とかなった」

「そうかよかったね。僕も頑張ったかいがあったよ」

「ん? 黒田も何かやったのか?」


 あれ? 何か話は噛み合わない。


「手書きのノートで危機を脱したんでしょ?」

「大和から聞いたの? いや本当彼が作ってくれたノートのお陰で恥をかからなくて済んだよ。しかもこんだけびっちり書き込んで要点はちゃんと押さえてある。ちゃんと私のこと見てくれているよね。で、あんたは何をやったの?」

「……いやいや、 何も特にはやってないよ。祈っていただけさ」

「黒田のことだから失敗しろとかおもっていたんだろう? 少しは気が利く大和のこと見習えよ」

「ははは、そうだね」


 そうか加藤さんの中ではあのマニュアルはダイワが作ったことになってるのか。

 ははははっ、僕ってなんてピエロなんだ。なら本当の製作者だと手を上げればいいのだが、折角本人は感動しているし僕が名乗り出るのも無作法だろう。


 そのままダイワに対するノロケ話が始まった。


「登板とか掃除当番とかさり気なく変わってもらったり傘とか本当に優しいんだ」

「そっか良い奴だからダイワは」


 うん、これは驚いた。

 全部僕がやったことなんだけど、いつの間にか大和に入れ替わっている。

 どうやら僕は知らず知らずにダイワの恋路へ協力をしていたようだ。いいように利用されていただけとも言う。ここはクレームを出すべきなんだけど……

 

「さすが未来の旦那様だね。私のこと何でも分かってくれる」

「加藤さん好きな人いるんだ?」

「へへ、いるというか付き合ってる」

   

 ハニカミ赤面する加藤さん。普段見せない表情、朗読王子の時とも違う純粋な感情。

 本人がそう認識しているのなら無理に百年の恋を覚ますこともないだろう。


「へー誰と?」 

「………まあいいか、どうせあんたら親友ならすぐに情報いくか。あんたもよく知ってる奴だよ」

「石田大和」

「ご名答」

「そっか、 おめでとう」 

「あんたに社交辞令言われても嬉しくないが、ありがとうーです」  


 これも初めて見る満面の笑み。幸せそうでよかったが何だろうかこのモヤモヤとした気持ちは。

 幸せなら応援してあげないといけないのに、込上がってくる感情は失意と疎外感。


 ……とても僕が——気持ち悪い。

 数日後の放課後


 相変わらず誰もこない図書室。

 雨の季節なので湿気でジメジメしていた。


「お疲れ様、今日もいい天気だね」

「お疲れ様。 また頭モジャモジャじゃん。それだけで体感温度が上がるんすけどー」

「君みたいな光沢ある滑らかそう髪質が羨ましいよ。とても素敵だ、僕は好きだよ」

「そう、まーありがとうさん」


 加藤さんの態度は除々に軟化していった。もう習慣化している加藤さんへの挨拶。あれだけ気持ち悪いがられていたのに今では笑顔で返してくる。

 予定が狂ってきた。この箱庭から円満脱出する大義名分を得るために始めたくだらないゲーム。それがいまではただの挨拶と化している。

 ダイワとうまくいっているので、僕のことをフォローしてくれてるんだろうか?


「ねえ 黒田さぁ」

「何かな?」

「本当その髪なんとかならない?」

「酷いな。それは僕に存在がウザいからなんとかならないかって、死刑宣告しているもんだよ」


 髪に関しては長年の悩みなので加藤さん相手でも怒る。この剛毛相手にどれだけ攻略失敗したか分からない。


「そんなつもりで言ったんじゃないよ。もうちょっと何とかしないと新しい恋人できないよってこと」

「余計なお世話ですよ。彼氏がいて幸せだからって、マウントとらないでいただきたい」


 にこやかに怒る。幸せな家庭を築いている姉ちゃんが弟に諭しているみたいでいたたまれない。


「あんたもいつまでも終わった恋引きずるわけにも行かないんでしょ? だったらそろそろ歩みだしても良いんじゃないのさ?」

「もういいのかな?」  

「私も恋愛の機微はよく分からないけど、いつまでもあんたが宙ぶらりんだから北斗も踏ん切りがつかないんだよ。よりを戻す気がないのなら、とっとと新しい相手とくっつけばあんたに対するギスギスした雰囲気も緩和されるんじゃないかな?」

「そうなのか……」

「だからもっとファッションとヘアスタイルに気をつけて男子力アップしろし!」

「昔はもうちょっと気を使っていたんだけどね。 なんかいい方法はないかな?」

「今まではワックスで抑えていたんでしょ?」 

「効きが悪くてさ最近、すぐに渦巻いて逆立っちゃうんだよ」

「もうすごいね、鳥の巣みたい。これは手強い」

「何かいい方ないかな?」

「うーん、私も寝癖は酷い方だけど、ここまでの大物は戦ったことがないからなぁ。なんとかしてほしい?」

「力貸してくれないかな! 頼めるの君しかいないんだよ」


 僕は加藤の手をがっしり両手で握りしめて思い詰めている気持ちをぶつける。


「おお……今日はグイグイくるね。何であんたの為にそんなとこと言いたいけど……この前の借りがあるから手を貸してあげるのもやぶさかではない」

「僕には死活問題なんだ、これ以上悪化して完全なアフロヘアーになったらもう家の外へ出歩けない……。僕の将来がダンサーに確定してしまう……」

「それは偏見というか大袈裟だけど、確かに緊急事態だよね……わかった何とかやってみましょう」

「ありがとう」

「それであの……」


 この前教えてもらった加藤さんのメアドにとある音声データを送信。

 間髪入れず加藤さんのスマホからピロンと音がした。


「これでどうでしょうか加藤さん? まだ未公開、放送部ファンクラブ会員限定版王子様のモーニングコール」

「ああああ! またすごいブツを………こほん、困っている友達カッコ仮をほっとけないもん、私には任せてよ! 自分の命と引き換えでもやってのけてやる! むふん!」  


 こうして加藤さんは僕が長年苦しめられている頭に巣食う悪龍退治に乗り出す。

 で、どさくさに紛れて僕の扱いは友達見習いに昇格するのであった。あれ? 嫌われないで仲良くなってない?


 ——下校時間は遠に過ぎで辺りは暗くなっていた。

 数時間の大激闘。ハサミが通らない、櫛が折れる、ヘアアイロンが大破、等々耐久力が半端ないモンスターに大苦戦しつつも、攻略法をみつけながら各エリアを制圧。そしてラスボス前髪のみとなる。

 職員室のレンジでチンした熱々のオシボリを前髪に押し当てる。少しでも龍の防御力を低下させるためにはしないといけないプロセス。


 そしてついに時間掛けて最後の手入れをすると、「ええええ! うそ、すご………。かっけー。黒田が化けた…………」ボロボロになったハサミを床へ落とす。


「はははっお世辞でも嬉しいよ」 

「本当だって。あんた元々素材良かったんだね」

「助かったよ。これで剛毛のコントロールが可能だ。うわあ! 素敵だ、最高だよ! 加藤さん大好きだよ! もう愛している! 幸せにするから結婚しよ!」


 嬉しすぎてハイテンションな僕。つい思いつく最大の感謝の気持ちをストレートで伝えた。

 

「まてぇ! いくら社交辞令でもそのイケメン顔でそれは反則だぁ!」 


 待って待って、黒田の好きの攻撃力が格段に上がったんですけどー!


 何故か真っ赤になる加藤さん。見られたくないのかぶつぶつ何かを呟いて目を逸らす。

 あの加藤さんとどんどん普通に話せるようになっている。なのに僕の心は未だに満たされない。

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