第5話 実は仮面優等生だった加藤さん
◆
一週間後の祝日の昼下がり。
今日はバイトの日。一日中雨のせいで時間帯の割に客足が少ない。追われないから気持ち的に楽だ。
淹れたコーヒー。焼いたトーストにハムを挟む。
マニュアル通り同じ手順なのだが注ぐ人によってコーヒーの味は変わる。若干の差なのだが気になる人には気になる。
お客様が少ないうちお昼休憩。場所はいつもの指定席、窓際、奥から2番目。雨が当たり流れる窓を見ながら物思いにふける。
ちょっとしたいたずらで始めた加藤さん挨拶週間または大作戦。やり甲斐と明記するにはくだらない習慣。何の成果はないけどそれでいい。毎日単調でくだらい日々の彩りにはなっているだろう。
「黒田相席いいかな?」
「こんにちは加藤さん。どうぞ」
トレードマークであるセミロングの髪揺らし、予想外の珍客来襲。
あれから店には全く姿を現さなかったので避けられているのはわかっていたが、まさか乗り込んでくるとは未来予想の範疇を超えていた。
周りが空いているのでそちらにどうぞと案内したいが相手は加藤さん。迷惑かけていることは自負してるので断る理由もない。
「ども、すみませーん注文お願いしまーす!」
「今日も決まっているね。好きだよ」
「……………」
正面の椅子に座り僕の軽いリップサービスも綺麗にスルー。社交経験豊富そうだからな彼女は。口説いている訳じゃないから、場数を踏んできている猛者は余裕ということか。
今日は休日だから私服。着ているものもカジュアルなニットキャップ、デニムジャケット、ブカブカのシャツ、ミニスカ、活発な女の子を絵に描いたようなコーディネートだ。
さすが加藤さんのセンスは抜群。お洒落には抜かりない。自分自身を理解してない僕にはない技能だから羨ましいな。
ただ、僕は頭が剛毛とテンパーだからクリーム使用して無理くり従わせている点前、加藤さんのようなわざとパーマを当てている人の気持ちがわからない。羨ましい気持ちはあるけど。
注文はアイスコーヒー。もちろん甘党だからガムシロ沢山頼む。でも、加藤さんには悪いなと思って、バイト仲間の友人ビーに頼みお詫びを込め俺の賄いデザート、スペシャルメニュー『ぜんざいスペシャル春の嵐』をおまけで配膳してもらった。大皿へ沢山の白玉アンド果物をふんだんに投下した悪魔的おやつだ。アクセントに水飴とアンズを乗っけてある。
加藤さんの前にどんと置くと、「何これ、こんなもの頼んでないんだけど?」冷静な言葉に反して甘い甘い黒蜜を目一杯ぶちまけると瞳が心なしか輝いた。
予想通りの返事が返ってくるので、切り返しのセリフは万全。
「この前の謝罪を兼ねて僕が考案した新メニュー開発の感想を聞かせて欲しいんだ」
「ふーんそうかよ」
加藤さんはスプーンを持ち黙って一口食べた。
「うまい、 これでいいか? もういいでしょ?」
「ありがとう。出来ればもっと具体的な感想欲しいんだけど……無理そうだね」
口とは裏腹に、まだスコープは白玉にセットされていた。もう一口行こうかスプーンが上下に動く。
「何で最近私に毎回かまってくるのさ?」
「特に理由はないよ。折角知り合いになったのだから、毎日挨拶をして何かおかしいのかな?」
「結構、私今でも怒っているんだけど。友達にあんな恥ずかしい思いさせておいてフォローもしない。空気の読めない男なのは知っているけど、もっとはっきり言った方がいいのかな。 あんたのことが大嫌いです、と」
望んでいた展開だ。これでこの箱庭を出て世界に羽ばたく筋書きができてきた。 みんなから嫌われて学園とこの街にいられなくなるシナリオ。 学園一の影響力があるカリスマアイドルに嫌われたらあとはネズミ講式に膨れ上がっていくだろう。
だが加藤さんは、「でもそれとは別に、この前のクッキーありがとうな。すごく助かった。皆が抱くパーフェクトイメージが崩れずに済んだよ」罰が悪そうに僕に頭を下げた。
「お役に立てて何より」
「自分で毒味したらとんでもなく美味かった。思わず私一人で平らげてしまうところだった……ごほん、とにかく感謝です」
「そうですか」
穏やかに返事を返すが内心複雑。とても喜ばれてしまった。彼女が甘党なら当然か。
「そういえばパーフェクトイメージって加藤さん僕と話しているこっちが素なんだね。ボーイッシュっていうの? 学校での女ぽい優等生は演技?」
「うっせーです、そうだよ、こっちが私の本性。女の子の優等生を演出すると肩凝るんだよね」
確かに男ぽい。さしずめ仮面優等生。
「ちなみにこのことバラしたらあんた社会的に殺すからねー」
「分かったよ。外面がいい加藤さん」
別段そんなこと興味がなかったので笑顔で了承。
「それとあんたにちゃんと聞いたことがないから問うけど、なんで健気で一途な北斗をあれだけ嫌っているの?」
「別にいいじゃない。もう終わったこと。今さら蒸し返すつもりはないよ」
「分からないなあ。何で言い訳しないんだか……。正当な理由があったらさ、女子にこれだけ拒絶されることもないんだよ」
「さあ、何でかな」
僕は言わなかった。ファミリーしか知らない秘密、ホクトの裏切りと浮気。
部外者の加藤さんへ事情話すと大事になると判断したから。
「そういえば黒田は毎日働いてるけど、そんなに貯めて何か目標あるの?」
「違うよ。 うちの妹の治療費を稼いでいる」
「妹さんの? 両親は何もやってくれないの?」
「うん。 事故で死んでいないから。今は僕が代わりに治療費を払っている。それでも医療費がバカ高いから、足りない分は学校を卒業して正社員で働くまで待ってくれているんだ」
「そうだったんだ。 ごめん 変なこと聞いた」
「気にしてないよ」
みんな人に言えない秘密が必ずあるもんだよ。
場を重くした代わりに、これ全部食べていいとぜんざいを、あと僕の特製チョコパフェ大盛りをごちそうした。
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