シン・目安箱
そうざ
Shin-Suggestion Box
全国各所に〔シン・目安箱〕が設置されて一ヶ月になる。
その数は、コンビニエンスストアや美容室、歯科医院のそれを瞬く間に超えた。総じて時間が掛かるお役所仕事にしては画期的に素早い動きであり、国民は『可及的速やかに』という常套句が憲政史上最速で実践されたと賛辞した。
当初、コスト面からネット上で受け付けるデジタル案が最有力視されていたが、蓋を開ければ、小型ポストのような入れ物を実作するアナログ案に軍配が上がった。
政府の公式見解では、殊に高齢者や年少者等、デジタルスキル弱者の利便性を考慮した結果、無料配布の専用用紙に意見を記して投函する形式を採用するに至ったとされる。
しかしながら、実際にこの決定を方向付けたのは、大規模な利権構造の力学である。
製紙業界や集配送業界を始め、箱自体の生産、設置、維持管理等に携わる関連事業は多岐に亘り、
業界団体に依る政治家への根回しがあった事は言うまでもないが、これまでにない新たな雇用の創出、慢性的停滞に陥る経済の活性化とのお題目を持ち出さずとも、国民の政権支持率は上昇の一途を辿った。
一国の
全国各地の意見書が指導者の下に届くまでの過程を追ってみよう。
午後五時、公式に認可された特別集配送業者が
意見書はその日の内に専用トラックに積まれ、首都を目指す。翌日の午前中には官邸敷地内に造られた特別精査棟に納入される。重量にすれば一日平均一トンを下らない。
全ての意見書はここでデジタル化される。紙の状態で一枚一枚閲覧する煩わしさを回避する為である。尚、同時に活字化もされるので、悪筆でも問題はない。
正午、目覚めのコーヒーを片手に指導者が精査棟入りする。カウチソファーに身を投げ、コーヒーを一口啜ると、
職員が専用モニターにデジタル処理された意見書を表示させると、文面が自動的に高速スクロールされる。指導者は半眼でそれを見詰めながらコーヒーをちびちび味わう。
きっかり五分で国民の意見に目を通し終えた指導者は残りのコーヒーを一気に煽り、場所を移してランチタイムを愉しんだ後、閣議等の職務に当たる。
このように、国民の貴重な意見はしっかりと指導者の意識下に刻まれるが、個別具体的な内容については、個人情報及びプライバシー保護の観点から一切、
因みに、意見書の原本は紆余曲折を経てトイレットペーパー等になる。
シン・目安箱 そうざ @so-za
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます