第7話
僕のバディの名前は星野陽奈、受付で彼女が入院している病室を調べてもらい、面会者として名前と電話番号の記入を済ませると、彼女が入院する病室へと移動した。
陽菜が入院しているのはナースステーションからも近い二人部屋で、手前側のベッドは空の状態、奥のベッドの方がカーテンで仕切られた状態になっている事に気がついた。
『まほろびの世界』にやってくるような人間は自殺未遂を犯したような人間って事になるんだけど、家族とうまくいっていない場合が多いみたい。
陽菜が寝ているベッドの横にある床頭台の上には、一階にある売店で購入してきたと思われるコップと箸、歯磨きセットが無造作に置かれていた。
これは、入院の際に家族に用意するように病院側から言われたもので、彼女の愛用のものを持ってきてあげようという考えはないのだなという事が透けて見えて嫌な気持ちになった。
「う・・・ん・・・」
健やかな寝息を立てていた陽菜は僕の方を驚いた様子で見上げると、
「嘘!嘘!嘘!嘘!」
と、声を上げながら飛び起きる。
「お前!灰色刀男!」
僕の事を指差しながら大声を上げるのもどうかと思うけど『灰色刀男』って、そのネーミングセンスもどうかと思うよ。
「はーーーっ、仮にもだけど、バディに対して失礼すぎない?」
「夢じゃないの?全ては夢!夢とまぼろし!」
「そうだったら良かったのにね〜」
ベッドの横に置かれたパイプ椅子に腰をかけると、パジャマ姿の陽菜は自分の顔を両手で覆いながら項垂れた。
「夢だと思ったんだけど・・・本当に夢だと思ったんだけど」
「実際には夢と言えば夢なのかもしれない」
眠っている間に『まほろびの世界』に行ってしまうのだから、確かにあの世界は夢の世界だと言っても間違いではないのかも。
「あのね、星野陽菜さん、騙されたと思って、額から5センチくらい上にある髪に埋もれた部分を指先で触ってみてくれるかな?」
「えええ?」
「僕もこれは友達から聞いた話なんだけど、僕らみたいな自殺未遂を犯して病院に運ばれた人間が、額の上の部分に何かを埋め込まれたから『まほろびの世界』つまりは、昨日、僕らが顔を合わせた世界に行けるようになってしまったみたいなんだよね」
「あれって夢じゃなくて・・現実?」
陽菜の質問に答えるのは難しい。
「僕はもう、あそこの世界に行くようになって2年になるんだ。僕らは埋め込まれた何かの刺激によってあの世界に精神が飛ばされて、あの世界に現れる『ほろび』や『ほむら』と戦わなければいけない事になる。敵を倒さない限りはこっちの世界に戻って来られないし、あっちで死ねば、こっちでも死ぬという事になる」
「なんでそんな事になっているの?」
「子供の自殺が増えているから?」
「じゃあ、更生プログラムみたいなものってこと?」
「うーん、だけど、そうじゃないと思うんだよ」
更生プログラムに強制的に参加しているのだとしたら、あちらの世界で死んでもこちらの世界で生きているはずだと思うんだ。
「多分、僕らにチップを埋め込んでいる人達としては、あの精神世界で僕たちに『ほろび』という化け物を倒してもらいたいと考えているんだろうなと思うんだ」
「なんで?なんでそんな事をするの?」
「そこが僕にも良くわからない」
僕は思わず、顔をくちゃくちゃに顰めてみせた。
「そりゃ、戦いの中で、生きる事の大切さとか、自ら命を落とそうとした事の愚かさとかを十分に知ることになるんだけど、そういう事を学ばせる為にあんな世界に行くのなら、あれほど人が死ぬなんて事にはならないと思うんだ」
「まさか・・昨日の人たちはあれで死んじゃったの?」
真っ青な陽菜の顔が土気色に変わった。
昨日、新人がまず集められる市民野球場に現れた『ほろび』の所為で、三人は命を落としたことになる。
「もちろんそういう事になるし、僕や君だって、次の転移で死ぬかもしれない」
「嘘・・嘘・・私・・死にたくない・・死にたくない・・・」
陽菜は涙をポロポロとこぼし始めた。
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