二十三人目 階段

 その階段を使うと三階に行けない。

 あるビルの話であった。階数は伏せるが、高層ビルの為、かなりの数のエレベーターが設けられている。その為、階段を使う人は少ない。

 だが、二階に職場のある人は階段の方が早い時があるので階段を使う。しかし、三階だけは階段が使えない。

 使えない、というよりは使わない、が正しい。

 階段を使って三階に行こうとすると、どうしてか、四階に辿り着く。不思議に思った人が戻ったらどうなるか試したら二階だった。

 何人かの人が試しに階段を使ったが、誰も三階に辿り着けない。

 そこである人が三階に行けるまで試すと言った。階段を上る音が聞こえる。だんだん、と階段を上がっては下りる音が聞こえる。

 何度か繰り返した時、あった! という声が反響した。

 そしてその人は、行方不明になった。

 以来、三階に辿り着くと別の場所に連れて行かれて帰ってこられなくなる、という怪談が出来上がってしまった。

 だからそのビルでは三階の人だけは階段を使えない。

 この話をすると、大抵の人は作り話であるとか、警察の捜査が入るでしょ、とか、挙句には階段の怪談などとふざけたセリフを言って終わる。

 だけど、そのビルで働いている者はただ、警告はしたからね、と言わんばかりにそれ以上のことを説明することはない。気をつけてね、もない。

 ただ、こういうことがある、と話すのみだ。


 さて、そのビルで働くことになった、四十半ばの男性がいる。

 男性はビルの警備員として雇われ、深夜の見回りに入ることになった。そこで男性は三階は階段が使えないから、見回りには階段ではなく、エレベーターを使ってね、という管理者からの説明を受けた。

 素直に受け取った男性はエレベーターを使いながら、見回りをしていた。

 深夜なので、人はいない、と思っていたが、階によっては人が絶えない。ブラックなものだ、と思いながら男性は、週に五日、エレベーターを使って各階の見回りを続けていた。

 各階の社員と顔見知りになった頃、近辺のビルに侵入する不審者の話を聞いた。

 なんでも階段を使って各階を見て回り、目ぼしいものを盗んでいくのだと言う。

 男性はそんなことする度胸のある侵入者に驚きを禁じ得なかった。

 ビルには各階に監視カメラがある。

 見回りする自分の姿がばっちりと映っているのに、侵入者が映らないわけがない。捕まるのも時間の問題だろうと思っていたが、難航しているらしかった。

 男性は見回りしながら顔見知りになった社員に気をつけてね、と気を遣われた。

 出くわしてしまったらどうにもなりませんね、と笑うと、社員はその時は階段に逃げてください、と耳打ちした。

 階段、と驚くと、社員は続けた。

 もし、もしですよ。三階が見えたら、中に入らずに開いてる扉を閉めてください。そしてそのまま、二階か、四階、逃げる方へと向かってください。

 絶対ですからね、と念押しをして、その人は眠そうに欠伸をして、その階の、自分の部署に戻って行った。

 その日の見回りは無事に終わった。

 その次の日のことであった。

 六階の見回りをしていた時のことである。わずかな、足音が聞こえたのだ。

 男性は無線で仲間に連絡をして、そうっと音のする方を見た。侵入者である。その手にはバールがあり、男性は反射的に逃げた。

 丁度、エレベーターの近くの階段に逃げ込むと、男性は階段を一気に駆け下りた。

 自分の足音が反響する音が聞こえる。間を空けずに侵入者の足音が聞こえてきた。

 男性は一気に青ざめた。このままだと、まずい。その時、階下にほんのりとした光が見えた。非常用照明の光ではない。開いた扉から漏れている光のようであった。三、という数字が見えたその時、助けを求めようと開いた扉に入ろうとした。だが、その時、男性は社員の言葉を思い出した。開いた扉を見るや、男性は反射的に扉を閉めてから、駆け下りた。

 すると、不思議なことが起きた。

 自分の足音が聞こえないのである。対して侵入者の足音は聞こえてくる。恐怖にパニックになりそうな中で、男性は扉の開く音を聞いた。そうして扉が閉まる音がしたその時、音が耳に戻って来た。

 一階に駆け下りた男性は、やってきた警察官に助けを求めると、その場に座り込んでしまった。

 三階に入ったであろう侵入者はその後、見つからなかったらしい。おおかた、別の経路から逃げたのであろうという話だった。

 騒ぎを聞きつけてやってきた社員は男性を見つけると、安堵した顔で良かったよ、と言った。彼のおかげで救われた男性は何度も何度もお礼を言った。

 男性はその後、別の仕事を見つけてビルを離れたが、その社員との交流は続いているそうだ。


 やがてこのビルが改修工事に入ることになり、遺体を見つけたと騒ぎになった。遺体は二つあり、一つは白骨化していた。そしてもう一つは、このビルに侵入した不審者であるらしかった。

 そしてその二つの遺体は、階段側の扉の前に折り重なるようにして倒れていたという。

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百者語 白原 糸 @io8sirohara

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