十二人目 鳴らぬ鈴

 あ、お見舞いに来てくれたんだ。ありがとう。

 足? まあ、何とかなるんじゃないかな。今は色々と発達しているし。

 あ、そういえばお前、怪談好きだって言っていたじゃん。俺の話を聞いてくれないかな。

 いいの? 本当? じゃあ話すよ。

 俺が村に居た時のお話なんだけど、山の入り口前に鳥居があって、その真ん中に鈴と鈴緒があるの。変わっているだろ? 普通は鳥居につけないだろうから。

 山に入る前には必ず、それを鳴らすんだ。大抵は鳴るけど、たまに鳴らない時がある。そういう時はその日、絶対に何かあっても山に入ってはいけないって言われている。そう。絶対に。

 鳴らない時に入ると、不味いことが起きるって小さな頃から言われるんだ。でも、そんなのは迷信だって、無視して入った人が居たけど、その人、銃の暴発で手首をなくしたんだ。

 大人に担がれながら鳥居から出て来たおじさん、もう血塗れで顔は真っ青だった。地面にぽた、と血が落ちていて、怖かったな……。

 それで済んで良かったぞ、なんて周りは喜んでいるんだけど、子どもながらにそれが妙に気持ち悪くて、鈴が鳴らない時は絶対に入らないそ、と思ったんだよ。

 でも、小学校のマラソンコースが山なんだよ。勿論、全員、鳴らしたよ。もう面倒くさいってなんのって。何百人も鳴らすんだからさ。

 ……で、一人だけ、鳴らなかった。それが俺。

 その時はラッキーだったよ。周囲にも羨ましがられたよ。だって、走らないで済むんだから。

 ただね、これって厄介でね、先生って何も、地元の人だけじゃない。余所から来る人もいる。そういう先生って大抵、しきたり? 決まり? うーん。そんな大層なものじゃないんだけど、そういうのを分からないんだよ。

 で、俺が中学生になった時かな。若い先生が来たんだ。それでマラソン大会ってやっぱり山でね、全員が鳴らす中、俺だけ鳴らなかった。

 うわ、マジかよって思ったよ。

 俺もね、こんな鳴らないことある? と思った。却って怖いだろ。だって鳴らない時って人生で一度あるかないからしいからさ、二度も鳴らないと不安になるじゃん。

 でもさ、走るの嫌だから、怖いけどラッキーって思ったよ。でも、その先生、声をあげたんだよ。

 走りましょう、と。

 いやあ、全員、真っ青。

 そりゃあそうだよ。俺たちの世代って手首をなくしたおじさんのこと、知ってるんだもん。全員のトラウマだよ。あれは。手首を押さえているタオルの真っ赤な色、覚えているもん。

 だから必死で止めるんだよ。でも、その先生、余所ものだからなあ。俺を無理に引っ張って山の中に入れようとしたんだ。

 俺は嫌だ、って抵抗したけど、男の鍛えている先生だから無駄な抵抗で。嫌だ、なんてパニックだったよ。女子なんて半狂乱で俺の手を掴んで引っ張ってくれて。あれは嬉しかったな。

 他の先生? その時運悪くてさ、具合悪くなった子が何人かいて、その先生一人しか残っていなかったんだ。友達も色んな人も止めたけど、駄目で、俺はその先生に手首を引っ張られながら走ることになったんだ。

 ああ、もう駄目だって思ったその時だったんだよなあ。

 ふっと上から何か落ちてきたんだ。いや、あれは振り下ろされたっていうのかな。

 ……その先生、目の前で潰れたんだ。

 俺、呆然としちゃってさ、真っ赤な地面から目を離せなかったんだ。だってさ、手首、重いままなんだもん。分かるだろ。その先生の手が握りしめられたままの自分の手首を見ることが出来なかったんだよ。

 他の先生が来るまでの間、地面に落ちる水の音だけを聞いていたよ。

 その時にさ、納得したんだ。

 あの手首なくした人さ、銃持っていなかったんだよ。……銃と一緒に手首を潰されたんだろうなあ……。

 それで済んで良かったぞ、の意味が分かった時、俺、息を吐いたよ。そういうことかあ、って。

 それ以来、俺は山に入れなくなった。トラウマとかじゃあないんだ。

 多分ね、神様、俺のこと、助けてくれたんだと思うんだ。その代価っていうのかね。俺がいくら鳴らしても、鈴は無音のままなんだよ。

 だからもう、入れないんだなあ、って切なくなっちゃったんだけど、仕方ないなって思っていて。はは。

 うん。だからそうだよ。

 皆さ、俺の足、事故でなくしたと思っているけど、違うの。

 あーあ。あの山の裏なら名前違うから大丈夫だと思ったんだけど、駄目だったみたい。でも、良かったよ。

 片方の足首だけで済んでさ。

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