六人目 幽霊
幽霊。
それは脳の誤作動です。
あなたが見ているものは、あなたの見せる幻影に過ぎません。
ええ。生臭坊主で結構。私はあなたの為に救いの言葉を与えるつもりはさらさらありません。
あなたが救われたいと思うならば、私の所に来ることなく、他の人に救いを求めれば良かったのです。
そうすればあなたは、少しでも救われたのではないですか。
それでもあなたが他の人に救いを求められない理由は私がよく存じております。
私があなたを恨む理由です。
あなたは、私の弟を殺したのですから。
楽しかったでしょうか? 何も知らぬ子を言葉で嬲り、果てに事故に見せかけて殺すことは……。
あなたの境遇には同情します。でも、何をやってもいい免罪符にはなり得ません。
あなたが欲したのは清廉潔白な人間が実は目も当てられない性格の悪い人物だったという自分に都合の良い真実でした。
でも蓋を開けてみれば、弟は清廉潔白な人間のままでした。
あなたは最初から選択肢を間違えていたんです。
自分の正当性を示したいならば、それなりの相手を選ぶべきでした。そう。私とか。
私も弟と同じように清廉潔白と言われておりますがね、中身はどろどろの醜い人間です。だからこうしてあなたに毒を与えることが出来る。あなたを殺しうる毒の言葉を吐くことが出来る。
私は、何を言えばあなたが傷つくかを理解している。
あなたが狙うべきは私でした。
でも、あなたは弟を選んだ。清廉潔白たる弟を。
ああ、反吐が出る。
でも、弟はやはり清廉潔白な子でした。清らかで、心優しい、私が守った穢れなき子。
どうですか? 自分の醜さを突きつけられる日々の中で生きている気分は。
甘い夢を見て現実を突きつけられ、毎夜をあなたを気にかける言葉で過ごす日々は。
ああ、流石、私の弟です。
あなたの幻影の中にあろうとも穢れることなく、その口からは清らかな言葉しか出てこないとは。
おや。望んで殺したくせに泣くのですか。
はは。
もう一度繰り返しましょう。
あなたは――。
ガラス越しの男性は一気にそう言って顔を覆った。
毎日、同じ時間に訪れる義兄の言葉を覚えてしまう程に彼の義兄は同じ言葉を繰り返すのだそうだ。
それによって彼の精神は酷く疲弊しているようだった。
夜になれば義弟から綺麗な言葉で心配する声が聞こえ、それだけでもしんどいというのに、日中は義兄がやって来て、先程男性が覚えてしまった言葉を繰り返すのだそうだ。
男性が言うには面会を拒絶しても義兄は刑務所に伝手があるようで、どうにもならないらしい。
義弟を殺したことを謝っても義兄は許さない。許してくれないのだそうだ。そりゃあそうだろうなあ、と私が話を聞いていると、男性はすがるような目を向けた。
ならば、せめて、義弟を成仏させて欲しい。その為にあなたを呼んだのだ。お願いだ――と男性は青ざめた顔で訴えた。それならば、声を聞くのは義兄一人だけで済む。恨み辛みの声だけならばまだ、マシだと言うのだ。
しかし、私は男性を救うことは出来ない。何故なら、義弟は男性に憑いておらず、男性の見る幻影であることは明らかだったからだ。
そう。義弟は。
私はガラスを隔てた男性の顔を見る。
男性の後ろには、扉がある。
扉の前には私と同じ、袈裟を来た住職が立っている。澄ました顔をした住職は私を見て微笑んでいる。
同業者である私に向かって、住職は言った。
――分かりますよね?
私は目を閉じて、何も言わずに出て行った。
背後で男性の嘆きの声が聞こえる。嘆きの声に被さるように住職の、彼の義兄の、男性を責め苛む声が聞こえる。
彼はいずれ、死ぬだろう。
それでも私は何も出来ない。
そして、彼はひとつ、間違えている。彼の義兄はもう既にこの世にいない。
何故なら、彼の後ろには彼が殺した義兄の幽霊が、彼を殺そうと憑いているのだから。
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