第3レース

第11話 婿探し

 さて、エイジさんと結婚し、三ヶ月が経ちました。私は『龍堂レーシングドラゴンファーム』の事務所で、今日も一人で『お局様と短大卒の新入社員ごっこ』をして遊んでおります。


 事務員、私しかいないので気楽なものです。一度、エイジさんにごっこ遊びを目撃されて心配はされましたが。


 この三ヶ月の間に、金に物を言わせ、インターネットの光回線を引き込みました。これにより光回線のサービス利用可能エリアになったので、同じ地域の方たちからも好評です。


 あと、エイジさんは、私が予想していたとおり、事務手続き等がとても苦手だったようで、最初こそカオスだった事務所でしたが、今は経理関係はデータベース化し、重要な文書類もすべて年度ごとに管理し、とっても整理整頓されております。


 また、私が片っ端から調べて、中小企業が受けられる助成金や減税措置などにも申請し、経理面での不必要な支出等の見直しを行い、少しだけ赤字経営が改善されました。


 以上、誰に報告しているのかわからない説明、終了。



 私が牧場で意外と快適に暮らしていることはさておき、ミカンちゃんですよ! 私の可愛いミカンちゃん! そろそろ婿を探さねばなりません。


 いや、正確にいうとめちゃくちゃ探してるけど、なかなか決まらない。


 ドラゴンの妊娠期間は、約十二カ月。競争竜のデビュー戦は、二歳の六月。逆算していくと、遅くとも四月くらいまでに産まれていないと、デビュー戦までの成長期間が短くなり大きなハンデに。


 というわけで、できたら一月か二月の早生まれを目指して、お婿さんを探しているが、現在……十一月の後半。


 ってかね、人気なお婿さんの今年の枠もう埋まってるのよ。昨年とか、下手するとそのずっと前からの段階で。三ヶ月前にこの世界に来た私には圧倒的不利!


 いくつか公開種付け募集している種牡竜しゅぼりゅうやエイジさんに紹介された子に、実際に会いに行ったけど、ピンと来る子はいなかった。


「ユズさん、普通に現役時代の勝率とか血統とかで客観的に判断したら?」


 私が「なんかピンと来ない」を繰り返してたら、エイジさんからもっともな指摘を受けたけど、女からすると「ピン」と来るか、来ないかって結構大事なんですけど。


「微妙なのとエッチするなんて嫌だよねー」


 厩でキュルキュル可愛く鳴くミカンちゃんの頭を撫でつつ、私は独り言をつぶやく。私は自分で男を選べるけど、ミカンちゃんは自分で選べないのだ。


 まぁ、私のミカンちゃんなら気に入らない男には、ウンチキックお見舞いするくらいはするだろうけど。


 厩の柵に背もたれしつつ、そんなことを考えてたらポケットの携帯電話がブーブーと鳴動した。ネズミ頭の銀行の支店長さんからだった。


「はいはい。龍堂です。いつもお世話になっております」

「こちらこそ、お世話になっております」


 いつも思うけど、社会人って初対面でも「お世話になっております」って言うよね。これって社会は巡り巡って、どこかで誰かのお世話になっているってことなのかしら。新入社員の時は、違和感半端なかったなぁ。


「龍堂様が竜主ドラぬしになられたのが、きっかけで私も競竜けいドラに興味がわきまして」


 なんと! 銀行の支店長クラスの高給取りなら、個人竜主ドラぬしは無理でも複数人で持ち株所有する一口竜主ドラぬしなら可能だよね。


「とはいえ、競争竜の所有はやっぱり難しいので諦めたのですが」


 だよねー。私でさえ、毎月ガンガン減ってく預金を見つめてるし。繁殖用牝竜ひんりゅうでこれだけかかるなら、競争竜としてレース出すってなったらと思うと、マジで貴族の遊びですよ、竜主ドラぬし


「その後もいろいろと調べてましたら、種牡竜しゅぼりゅう種付け権の持ち株所有制度を見つけましてね、単年度限りの種付け権の持ち株譲渡などもあるようで」


 私は相槌を打ちつつ、話の続きを聞く。さすがは、銀行の支店長さんなだけあって、新たな投資先探しに余念がなく面白い。


「で、ですね。その単年度限りの持ち株……シーズン株って言うんですが」


 そうそう。人気の種牡竜しゅぼりゅうは、そうやって非公開の個人売買で種付け枠が埋まっちゃうんだよねー。


「そのシーズン株の譲渡で、いま面白い種牡竜しゅぼりゅうの話が来てまして」


 彼の話を聞いていくと、その種牡竜しゅぼりゅう自体は競争竜時代の成績は芳しくないものの、父竜と母竜はかなり優秀な成績で、種付けで産まれた産駒の成績もまずまずらしい。


 だから、種付けはすべて非公開、しかも持ち株分のみで毎年終了しているとのことだ。


「そのシーズン株ついて、ぜひ龍堂様にご紹介したいなと」


 最終的に、営業電話だったことには苦笑したけど、この世界に来てから、人の縁に支えられている。しかも、非公開種牡竜しゅぼりゅうのシーズン株が手に入るかもしれないなんて、ラッキーとしか言えなかった。


 私は「とりあえず、その子を見学しに行きたい」と、銀行の支店長さんに伝えた。



◇◇◇



 ブラックヤマト。その種牡竜しゅぼりゅうは、名前の通り、真っ黒の体躯だった。


 そして、第一印象は、イケメン。つらがいいのは、良いことです。性格は、気位が高いのか、頭を撫でさせてはくれたけど「フンッ」って顔されたので、笑ってしまった。


 次に、走っている姿を見学させてもらう。エイジさんは「後ろ足の膝の変形が少し気になるけど、それにしては速いな」と呟いた。


 シーズン株は、八百万円。エイジさんにも意見を聞いたら、「産駒の成績がいいからかな。本人の成績にしては強気な値段だけど」と言われる。


 んー。んー。んー。どうしようかな。


 イケメンなブラックヤマト君の顔をもう一度、見る。やっぱり、つらがいい。


 よしっ!



「エイジさん! 私、ついに、かも!」



 私がそう宣言すると、エイジさんは「ユズさん、やっぱ面白いわ~」と苦笑した。

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