第2話 転移局と大金

 転移局での手続きはとてもスムーズだった。名前や生年月日、日本での住所、指紋の登録などをして、この世界のパンフレットをもらう。


 住民カードが一週間後にできあがるから、再度取りに行かねばならぬらしい。でも、この住民カードがあれば、この世界で働いたりも可能なようだ。とりあえず、住民カードができあがるまでの仮カードが発行された。


 また、転移から三十日間は、転移局の宿泊施設が無償で利用でき、食事も提供される。三十日を超えたあとも、半年までは格安で利用できると聞いて安心した。


 手続きの最後に、『転移見舞金みまいきん』と書かれた封筒を渡される。中をのぞくと、十万も入っていた。お金の単位が「円」なことにも驚いたが、久しぶりに見た大金に胸が躍る。


 転移局を出てから、汗でびっしょりだったスーツから着替えるために、服でも買おうかと、通りを適当に歩いていく。新しい洋服を買うなんて、久しぶりだ。十万円も持っているので、少しだけ気が大きくなる。なかなか大きな街で、様々なお店が立ち並んでいた。


 ふと、上を見ると、砂漠で立ち往生していた時に、見えていたカジノの高層ビルが目に入った。



◇◇◇



 というわけで、冒頭に戻る。フラッとカジノを訪れた私は、適当にやってみたスロットで、このカジノで過去最高額の大当たりジャックポットを引き当ててしまったらしい。


 元の世界では、不運続きな人生だったが、この世界に来てから、なにやらツイている。


 過去最高額の大当たりジャックポットということで、黒服のスタッフが何人も駆けつけてきて囲まれ、機械の不正がないか確かめたられたあとで、私はカラスの頭をしたカジノの支配人からでっかい小切手を持たされて記念写真を撮られた。


 支配人から「賞金の支払いについては、明日ゆっくり銀行で話し合いましょう」と言われて、今日はカジノに併設している高級ホテルのスイートルームで過ごすことになった。食事はルームサービスでも、レストランでも自由に使っていいらしい。



 部屋に入室したあと、ヤバイレベルの高級なスイートルームに圧倒され、しばらく所在なさげにソファーの隅に座っていたが、汗でべとべとだったことを思い出し、とりあえずシャワーを浴びることにした。お風呂の設備を含めて、日本とほとんど使い方に差異がなくて安心する。


 シャワーを浴びて、スッキリした私は、どでかいベッドに横になると、転移局で渡されたパンフレットを読み始めた。



 パンフレットによると、この世界と日本の間には時空の亀裂があって、よく日本人がやってくるらしい。逆はないようで、一方通行のようだ。私のような日本人のことを「渡来人」と呼ぶとのこと。


 一方通行……帰れないとわかり、少しだけ動揺したが、私は天涯孤独に近い身の上であるし、ぶっちゃけ向こうの世界での心残りは、楽しみにしていたゲームの発売くらいなもので、それも特典付きの初回限定ボックスを、激務のせいで予約し損ねていたので、「まぁいいか」とさえ思った。


 また、この世界には「しゃべる動物」と「しゃべらない動物」がおり、「しゃべる動物」が私たちの世界の「人間」にあたる存在になる。というか、私の世界の人間からすると、彼らが「動物」に見えているだけのようだ。異世界との視覚認識差異の問題らしいが、難しくてよくわからない。


 イラストでは、ニワトリ型の男性と馬型の女性の間に犬型の子どもが描いてある。我々からすると別の種族に見えるけど、同じ種族ということなのだろう。エイジさんも狼男に見えているだけなのか。なるほど。


 この世界に来てから、色んな動物の頭をした人間を見たけど、エイジさんだけは妙に心に残っている。もしかして、カッコいいと感じているのかもしれないと、気がついた。そういえば、昔からゲームやマンガでも狼の獣人キャラが好きだった。



 とにかく、この世界に来てから、随分とツイている。今までわりと不幸な方だったが、その分が反転したようだ。このツイてる感じだと、エイジさんに再会できる気がする。


 根がポジティブな私は、そんなことを考えつつも、そこそこ疲れていたのか、そのまま眠りに落ちてしまった。



◇◇◇



 朝、部屋の電話が鳴り、出るとカラス頭の支配人さんからだった。朝食のルームサービスの確認や困ってることはないかと聞かれる。私が着替えの服がない話をすると、手配してくれるとのことだった。それから、十一時に一緒に銀行に行くことなった。



 銀行で賞金の支払い方法について説明される。昨日はわけのわからないままだったが、金額をきちんと見たら、とんでもない大金だった。


「四十八億円ッ!?」


 え? もうこれ私、一生働かなくていいじゃん。


「ただし、一括でのお支払いの場合は、手数料が四十五パーセントかかります」


 金額が大きすぎて、頭がショートしている私に銀行の支店長さんは優しく語りかける。ちなみにこの支店長さんは、眼鏡をかけたネズミ頭だ。


「全額を手数料なしでお受け取りされたい場合は、三十年の分割です。それより短い分割ご希望の場合には、この表にそった手数料がかかります」


 私は手数料表を見ながら、よくできた商売だなぁと感心する。銀行家すごい。なにもせずにお金移動させてるだけで、手数料でガッポガッポである。


 それにしても三十年はちょっと長い気もする。全部受け取り終わる頃には、還暦の六十歳だ。それでも毎年一億六千万円だけど。


「これって、途中で分割の回数変えたりとか、この年は多く欲しいとかできますか?」


「そうですね。金額もとても大きいですし、そのあたりは柔軟にご対応させていただきますよ」


「うーん。いますぐ決めなくても大丈夫ですか?」


「はい。もちろんです。もし、必要でしたら、税理士やファイナンシャル・プランナーのご紹介もさせていただきます」


 今日のところは、いったん帰ることにして立ちあがり、支店長の応接室を出た時だった。聞き覚えのある良い声が響く。



「ですから、もう少しだけ待ってください! お願いします!」



 衝立で仕切られただけの個別相談ブースからだ。


「これ以上は無理です。それに待ったからって、業績が改善するわけでもないしょう」

「頼みます! お願いですから!」


 銀行員と相談者の押し問答が続き、ついに銀行員は立ち上がると「もう話は終わりです」とブースから出てくる。銀行員を引き留めようと、同じく立ち上がった相談者の顔がブースから見えた。



「エイジさん?」



 思わず声を出してしまった私に、狼頭のエイジさんもビックリして、私の方を見たのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る