ドラゴンズ・ダービー

笹 慎

🦖💨💨💨🦖💨🦖💨🦖🦖💨

第1レース

第1話 柚子、異世界に立つ‼

 ピロン。お金を入れ、スイッチを押すと、回り始めるスロット。


 しばらくした後で、同じ絵柄が揃う。


 それが大当たりジャックポットだと気がつくまで、しばらくかかった。



◆◆◆



 砂漠のど真ん中で、安物のスーツに身を包んだ私は、遠くにあるラスベガスのようなカジノシティを見つけて、ひたすらそこに向かって歩いている。


 マジで、どこ、ここ。とにかく、暑い。太陽がジリジリと首元を焼く。私は髪を束ねていたヘアゴムを取ると、髪をおろして首元を日差しから守った。




 さて、このよくわからない砂漠に来る前、私はゴミみたいなブラック企業で働いてて、辞めたいって言っても辞めさせてもらえなかったのに、ある日出勤したらオフィスの扉に張り紙がしてあった。倒産したらしい。


 賃金は二ヶ月未払いだったし、積もりに積もった疲労で頭はなにも働かなかった。ただ、もうここで働かなくていいんだって開放的になったので、とりあえず、午前中から酒が飲める店で生ビールを飲んだ。


 その日は、しこたま飲んだ後、それまでの寝不足からの爆睡で翌日も終わり、翌々日にハローワークに相談しに行った。ハローワークで失業保険の手続きをしたり、未払い賃金の国の立替払い制度を利用するなら労働基準監督署で手続きが云々とか色々言われて、基本的に良い子で生きてきた私は、言われたとおり手続きした。


 手続きの結果、「二ヶ月くらいなら働かなくても、いいんじゃね?」という状態になり、日本の福祉制度のありがたみに、霞が関の方角に向かって拝む。ちなみに、その日も昼間から酒が飲める店で……以下略。



 ああ、自己紹介が遅れました。私は、佐藤柚子さとう ゆずと申します。齢三十歳、未婚です。二年ほど前に、大学生の頃から通算八年間交際し、そのうち四年間を同棲した男にフラれ、そいつが別の女と交際半年のスピード婚をしましたが、私は元気です。


 嘘つきました。そんなに元気ではありませんでした。その元カレも結婚した女も私も同じ会社でしたので、ツラすぎて辞めたのが運のつき。その後は、上記で説明したブラック企業勤めからの倒産、失業です。


 ま、そんなこんなで、失業保険を受けるには、働く姿勢をアピールすることが大事ですからね。たまに面接に行ったりと、就職活動をする必要があるわけです。で、今日は面接の日でした。


 面接が終わって休憩でもしようと、自販機で飲み物を買い、取り出し口から飲み物を取り出して顔をあげたら、この砂漠にいたってわけです。


 正直なところ、小さい頃から突然の悲劇とでもいいましょうか。唐突な不幸には些か免疫があり、今回も「まぁ、なんとかなるだろう」と気を取り直して、見えているラスベガスのような街を目指して歩いております。


 以上、誰に説明してるのかわからない自己紹介、終了。




 遠くからでも見える高層ビルを備えた街があり、アスファルトで舗装された道路もある。とりあえず、街にさえたどり着けたら、どうにかなるだろう。そんな楽観的な考え方をして、ぽてぽてと道を歩く。


 パッパーッ! 背後から車のエンジン音と共にクラクションが耳に届いた。振り返ると、大きなトラックだったので、私は道路の隅に移動する。轢かれそうだったようだ。



「お姉さん、こんなところで、何してんの? ってか、アンタ、か」



 横を通り過ぎるものと思っていたトラックはなぜか止まり、運転席から話しかけられた。私は運転席を見上げる。そして、目が点になった。



――狼男?



 トラックの運転手は、狼のマスクをしている有名なロックバンドのような風貌だった。もちろん、狼のマスクではなく、本当に狼の頭のようだが、普通にしゃべっている。しかも、日本語に聞こえる。


「あ。もしかして、転移してきたばっかりとか? この辺、ポータルあったんだな」


 私がポカンとして、見上げていると、狼男は勝手に色々と喋り始めた。


「心配しないで。お姉さんみたいな人、時々いるんだ。転移局に連れて行ってあげるから、車乗りなよ。こんな砂漠の中を歩くの大変だったでしょ」


 話しぶりからして、私のような人間向けの役所があるようだ。狼男が助手席の扉を開けてくれて、私は人の好さそうなこの狼男を信用して車内に乗り込む。冷房の効いた車内は心地よく、私はフゥと息を吐いた。


「お姉さん、名前は? オレは、龍堂りゅうどうエイジ」

 

 狼男のクセに、なぜか日本人のような名前だ。とりあえず、私も名前を名乗った。


「ユズさんかー。可愛い名前だね」


 エイジさんは、運転しながら気さくに話しかけてくる。目を細めて笑いながら、さらっとスマートに褒めてくるこの姿勢。この狼男、案外モテそうだ。声もイケボだし。


「あ……あの私みたいな人がいるって、どういうことでしょうか?」


 気になっていたことをオズオズと口にする。


「んー? オレはあんまり学がないから、難しいことわからないけど、日本ってところから、こっちにたまに来ちゃうんだよ。人とか物とか。『転移』って言われる現象で。ま、詳しいことは、転移局で説明してもらえると思うよ」


 ワープみたいなことだろうか。SF映画のような話で全くピンとこないが、意外と日本人がたくさんいるようで安心する。


 やはり車移動はとても早く、あっという間にラスベガスっぽい街まで到着してしまった。歩いていたら、何時間もかかりそうだったので、本当に幸運だ。エイジさんは、『転移局』と呼ばれる役所の前で私をおろすと、爽やかな笑顔で「じゃあ」とだけ残して去っていった。


 連絡先くらい聞いておけば良かったかも。車を降りて、小さくなっていくトラックを見送っていたら、私は少しだけ後悔した。



******

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