5 鳳凰暦2020年4月10日 金曜日 国立ヨモツ大学附属高等学校・中学校占有・平坂第7ダンジョン――通称、小鬼ダンジョン、1層(2)


 僕は、迷わず、前の二人の女子の横へと飛び出した。


「危ないっ!」


 誰か、女の子の叫び声が聞こえた瞬間、僕のおへそぐらいの身長しかない、緑の肌の魔物が短めの棍棒を振り下ろした。ゴブリンだ。

 僕はその棍棒を左のメイスと右のショートソードをXの字のように交差させて一瞬だけ受け止め、そのまま左の手首を回してメイスを回転させて逃がしつつ、右のショートソードでゴブリンの棍棒を引き込むように受け流してダンジョンの地面へと抑え込み、それと同時に左腕を振るって、メイスをゴブリンの右膝へと打ち込んだ。


 ……よおっし! 素振りのイメージ通り!


 ゴブリンは体勢を崩して倒れながら、棍棒をファンブル。


 僕の前の左側にいて、ゴブリンに狙われた女の子は顔面蒼白。


 僕とその女の子の間に、前にいた男の子が両手を広げて女の子を庇うように割り込んでいた。タイミング的にギリギリ? まあ、僕が先に動いたから間に合ってないけど。


 ゴブリンの棍棒の握りのところが、かたん、と音を立てて地面を叩いた。


 棍棒を手放したゴブリンが砕かれた右膝を両腕で抱えてごろごろしてます。ちっともかわいくないです、はい。痛そう。


 僕が振り返ると、そこにいた4人がみんな、呆然とした顔をしている。男女で並んでいた女の子の方が、大きく口を開いたまま固まっていたので、この子が「危ない」と叫んだんだろう。


「……あー。コレ、僕がトドメ、いい?」


 そう言うと、それでもしばらく固まっていた口を開けたままの女の子が再起動した。


「……ど、どうぞ」

「あ、うん」


 僕はごろごろともがくゴブリンの頭部に、がつんとメイスを振り下ろした。


「ひっ……」


 ゴブリンに狙われていた女の子がそれを見て息を飲む。

 頭をメイスで殴られたゴブリンが動きを止めて、ほんの少しだけ、ぴくりと反応すると、そのまま溶けるように消えて、ファンブルした棍棒も消えた。

 そして、ゴブリンが消えたところに、BB弾サイズの、ものすごい小さな、緑茶にミルクを混ぜたようなマーブル模様の魔石と、新しい棍棒が落ちた。


 ……おお、ラッキー! アイテムドロップ!


 小鬼ダンでのアイテムドロップは、基本、武器だ。ドロップ率はゲームだと5%程度。

 ただし、戦闘中にファンブルさせてから倒すと、ドロップ率は25%まで上昇する。今回は一応、狙ってはみたけど、結果は本当にラッキーだ。幸先がいい。

 でも、棍棒は売っても安いけど。確かギルドでの買取価格は千円で、販売価格は五千円だった。そもそもレンタル武器になってるし、レンタルでも不人気な武器だ。買取に出して換金しよう。


 僕は魔石と棍棒を拾った。


「どうした! 何があった?」


 そこへ、列の先頭にいたはずの先生が駆けつけてきた。


「あー……」

「鈴木か? 今度は何をした?」


 ……いや、今度は何をしたって、どういう意味でしょうか? 今まで何かしました? 相手は先生だから口には出さないけど、顔に出そう。しっかり出そう。

 そうしたら、僕の不満顔を見た女の子――「危ない」と叫んだ子――が、分かれ道の反対側からゴブリンの奇襲があったこと、それを僕が倒したことを説明してくれた。


「左の道から、ゴブリンが不意打ちしてきて、それを鈴木くんが倒してくれたんです」

「はぁ?」

「あと、魔石だけじゃなくて、棍棒もドロップしました」

「なぁ?」

「それと、その……もし、鈴木くんが倒してくれなかったら、雪村さんか、光島くんが危なかったと思います。だから、鈴木くんは、何も悪くないです」


 なんていい人!


「あー、いや、すまん。よくわかった。ありがとう、外村。それと……鈴木」


 ……なんか、僕の名前の前に、間があったような、気もするけど。


 おい、先生。しっかりしろ。大人だろ。なんだ、その態度は。あと、いい人は外村さん。とむらさん、ね。頑張って覚えよう。


「じゃあ、次に誰かが倒したら、附中のヤツにも倒してもらって、鈴木はその時に……」

「あの、先生……」


 僕は、学年主任の説明通り、3人で広場へ戻そうとする先生の言葉を遮った。ぶった斬った。そして、入口の方を指差す。


「ここ、まっすぐ。ゴブリン、出ないと……」

「……」

「……先生?」

「……」

「先生?」

「……あ、ああ、そうだな。問題なさそうだ。ここでも一人で倒したみたいだしな。行ってよし」

「はい」


 僕は入口でもあり出口でもある、そっちへと歩き出して、ふと、大事なことを思い出し、足を止めた。そして、狙われた女の子を振り返って見つめた。


「……おしゃべり、ゴブリンを呼ぶかも。やめたら?」


 それだけ言うと、回れ右をして、出口を目指した。女の子たちの顔は見ないようにした。この余計な一言で嫌われたかもしれないし。何こいつ、嫌なヤツ、みたいな、そんな顔で見られたら心が折れるかもしれないし。


 もちろん、戻る途中で新たなゴブリンは出なかった。なんとも言えないダンジョンの膜みたいな何かを抜けて、ひとつしかない出口用のゲート改札にダンジョンカードをタッチして外に出る。入口はふたつなのに、出口はひとつ。なんでだろう。どうでもいいけど。


 僕が外に出ると、そこに、ちょうど、2組の先生が2組の生徒を引き連れてやってきた。


「んぉ? おまえ、どうしたんだ? ウンコか?」


 ちげーよっっ!


「……あ、いえ。倒した、あ、ました」

「はぁ?」


 ……ここの先生は、言葉を知らないんだろうか?


「早過ぎるぞ? あとの二人は?」

「あ、いえ。すぐそこで。先生の許可もらって、戻って」

「はぁ?」


 ……いや、大人だろう? しっかりしろよ。


 それはともかく、ものすご~く、注目されてて、かなり恥ずかしい。


「……おまえ、名前は?」

「鈴木……」

「おまえが鈴木か……」


 ……ほんと、どういう意味なんだろう? ただのモブネームのはずなのに?


「行きます」

「あ……」


 先生をスルーして、2組の生徒たちの方も、目を合わせないようにして早足で歩いていく。


「ねえ。あの人って、あの……」

「ああ、入学式の日の?」

「あれが、初日に女の子に引きずられてた人?」


 なんだその噂は⁉ いや、確かにそういう事実はあったかもしれないけど⁉ ほとんど全部、僕じゃなくて設楽さんのせいだけど⁉


 早足のスピードをさらに速める。バフスキルのアクセルはダンジョンを出た時点で解除されているはず。早足が普通の早足だ。今こそバフで滅茶苦茶速い早足になりたい。


 座って待機している3組と4組の人たちが、僕に近い方からおしゃべりを止めて、どんどん静かになっていき、最終的には全員が黙って、シーンとなってしまった。これ、僕が悪いのか? 視線が集中してきて恥ずかしいやら怖いやら……。


 学年主任もぽかんと口を開けて、僕を見た。僕はその少し向こうの、初の魔石を記念品の指輪にしてくれるというテーブルの方へ近づく。できればぽかんとしたまま、学年主任には黙っていてほしいけど、こういう時に限って……。


「………………おまえ、1組の鈴木だな? 何してるんだ?」


 ……僕の希望は叶わない。しかも、みんながす~んごくシーンとしてるから、僕の名前がみんなに聞こえちゃったよ⁉


「……魔石、取ってきたんで」

「はぁ⁉」


 アンタら全員それかいっっ! このやりとり、もう飽きたんですけどっ⁉

 3組と4組の生徒たちが一気にざわついた。もう、どうしてくれるんだ……。


 僕は学年主任を無視して、記念品の業者さんに魔石をすっと差し出した。


「あの、記念品の指輪、お願いします」

「は、はい……わ、わかりました。どのコースがご希望ですか?」

「え?」

「千円、二千円、五千円、一万円、二万円の、五つのコースがありますが?」

「……有料かよ」

「え?」

「あ、いえ……なんでも、ない、です」


 サービスじゃないじゃん! 2万円のコースにするヤツとかいるのかよ⁉

 あー、もう。お願いしますって言っちゃったよ!

 ……くそぅ。拝金主義者め。しょうがない。棍棒の買取が千円だし、それで支払うつもりでやるか。もう。もったいない。


「千円で」

「あ、はい。こちらに、名前を。それとギルドカードをお願いします」


 ギルドカードのタッチでちゃりんと支払いを済ませる。うぅ。魔石だけ、キープしててもよかったのか。


 名前を書いてテーブルを離れると、待機中の生徒たちがざわざわとおしゃべりしながら、ちらちらと僕の方を見てくる。いたたまれないというのは、こういうことか。

 僕は待機中の生徒のみんなを見ないようにしながら、学年主任のところへ移動した。


「先生、このあと、時間があると思うんで、ギルドに行っても?」


 とにかくここから逃げたいし、棍棒が売りたくて仕方がない。千円を一秒でも早く補填したい。


「おお、それは、別に……って、おまえ、あとの二人は?」

「……いえ、入ってすぐに倒して、戻るのは一本道で、一人で戻りました。もちろん、先生の許可はあります」

「いや、早過ぎるだろ……どう考えても歴代最短記録だぞ……」

「ギルド、ダメですか? 棍棒、換金したいんです」

「あ、ああ。行ってこい。ただし、ここに戻ってこいよ。解散するまではこの広場で待機だからな」

「ありがとうございます」


 僕はぺこりと小さく頭を下げて、スタスタとギルドの方へと歩き出す。


「あれが今年の首席か……」


 学年主任のそんなつぶやきが耳に入る。なんだ、やっぱり僕が首席だったのか。


 僕の背中に視線が集まっているんだろうなと思いながら、僕は急いでギルドを目指した。もちろん、後ろを見たりはしない。見たら死ぬかも。振り返っちゃいけない。







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