婚約破棄されたナニワ伯爵令嬢、暴虐公爵にさらわれて幸せになります~傾き公爵領の立て直し?ウチにまかしとき!~

瑛珠

いつものやつやで!

 


「ジゼル! 貴女との婚約を、破棄する!」

「……はーいー?」

「了承したな!」

「あー……あのー、殿下。理由をお聞かせ願えますか?」


 ドレスやタキシードで着飾った人々が、固唾を吞んで見守る、学校に併設されたバンケットルーム。

 天井からぶら下がったゴージャスなシャンデリアや、色とりどりのご馳走、びかびかに光る宝飾品やワインの入ったグラス。


 それらは目に入ってくるものの、頭には入らない。


 なんの前触れもなく、貴族学校の卒業パーティ(プロム)で、婚約破棄を高らかに宣言する王子。それを前に、大変に動揺するのは、何も王子の振る舞いによるものだけではない。――ジゼル・バルニエ伯爵令嬢はこの世界では珍しい、黒髪黒目。決して目立つ容姿ではないが、白い肌と潤む大きな瞳はミステリアスだ、とごくごく稀に褒められることもある、普通の伯爵令嬢


 それが、『ひょっとしなくてもこれって絶対、お決まりのアレやんな!?』という衝撃の中で、かろうじて立っている。

 

 一方、堂々宣言を終えスッキリ顔の、カロン王国第一王子のニコラ・カロンは『白王子』と呼ばれるぐらいに、輝くプラチナブロンド。碧眼の容姿端麗であり、やがて王太子となることが決まっている、正真正銘のロイヤルだ。ジゼルとは見た目からして釣り合わないのは自覚していたが――なぜかその腕に巻き付いているのは、クラスメイトだったアンリエット伯爵令嬢。こちらもお決まりのニチャア顔なので、多少イラっとしているのは許して頂きたい。正直、はっ倒したいが、なんとか堪えている、この状況。

 


 ――あきらかに浮気やんな? これ、有責で慰謝料ぶん取れる案件やんな?

 


 などと考えてしまうのは、ジゼルが前世で『社内恋愛していた元カレに、業務上横領の罪を着せられ解雇された挙句、失意のうちにフラフラしていたら事故に遭い、気が付いたら伯爵令嬢に転生していた』のをたった今思い出したからだ。一文に略せたのすごくね? と密かに自画自賛である。

 

 いったいぜんたい、なんやねん、このファンタジー世界! と激しく動転してはいるものの、目の前で繰り広げられているのは、前世の知識にある『テンプレ婚約破棄劇場』に違いない。正直心がついていかないが、多分絶対そう、知らんけど! などと考えていて、言葉を発せないでいると。


「なら、ジゼル嬢は俺がもらい受ける」


 

 ――はーいー?



 振り返れば、『暴虐の黒獅子公爵』と恐れられる強面の男性が、単身立っていた。周囲の人々は、彼を恐れて遠巻きにしている。オーラだけで恐ろしいのに、寄せる眉に鋭い眼光。黒髪に琥珀色の瞳は、人を委縮させるに十分な覇気を発している。ましてや、王子すら見下ろす高身長で威圧感もありありなのだから、なおさらだ。

 彼こそ、白王子と対照的な存在で、その目線だけで人を殺せると評判の、シルヴェルトル・デュゲ、その人である。

 

 

 ――あかん、婚約破棄から暴虐! 速攻詰んどる! どう考えてもク●ゲーやで、これえっ!


 

 ジゼルが心の中で叫んでいるうちに、物事はそれこそオートモードのように勝手に進んでいってしまっている。

 

「はん! 物好きなことだな! 好きにするがいいぞ、シルヴェルトル」


 

 ――勝手に決められとる、シルヴェルトル。誰がうまいこと言えと……ウチ、物やないで! あーあーあーもー!



 ついていけず自己ツッコミしていたら、ぐい、と二の腕を掴まれ、あれよあれよと馬車へ押し込められた。おそらく抵抗も無駄だろう、と早々にジゼルは諦めて、無駄にフワフワなパニエを整えて座る。プロムだからと張り切った、ミントグリーンのプリンセスラインのドレスが、なんだか切ない。

 


「……あーのー?」

「デュゲ家へ行く」

「さいですか」


 

 ――ウチ、生殺与奪の権を、速攻他人に握られてもうてる……鬼殺●には到底入られへんな~。トミオ●ギユ●も真っ青やな~。しくしく。



「ええと、閣下。わたくしの間違えでなければ、初対面では?」

「……シルヴェルトル・デュゲだ」

「お名前だけは、存じ上げております。わたくしは」

「ジゼル・バルニエ。強引だったのは、理解している」


 憮然とした表情で言い訳が始まったので、とりあえず黙って、向かいの席から耳を傾けることにする。


「俺の婚約者候補であったアンリエット伯爵令嬢が、ニコラと親しくなっていることには、気づいていた。断るため、あえてプロムに参加したのだが……まさか、ニコラが目の前で婚約破棄するとは」

「それとこれと、どう関係が?」

「俺自身の評判では、婚約者は到底決まらない。婚約破棄された令嬢なら……断らないだろうと、その……思いついた」

「誘拐では?」

「それは違う。どうせ、あの場に留まったとて、でっち上げの罪状をつらつら並べ立てて、ジゼル嬢を貶めるだけだ。だから……」

「守るために連れ去ったと?」

「うむ」


 シルヴェルトルの言う通り、あの様子だと、ニコラの申し開きなど聞くにも値しないだろう。むしろ、清廉潔白にも関わらず全員の前で嘘の罪状を聞かされる方が、だいぶ厳しい(大衆は無責任なので、方々で事実のように吹聴するだろう)。

 自身の生家であるバルニエ伯爵家は王都から非常に遠く、『破棄されたから帰る』などと言ったら……父が殴り込みに来てしまう。それは何としても避けたい。

 

 プロムの後は王子の婚約者として、王宮に滞在予定だったのだ。荷物は送ってあるとはいえ、ふてぶてしく滞在するのもはばかられるし、アンリエットが我が物顔でマウンティングしてきてイライラするだけだということは容易に想像がつく。

 

 つまり、もし仮にシルヴェルトルが「どうするか?」とあの場で聞いたとしても、仕方なしに「行く」と答えるしかなかった。そういう意味では、強引に連れ去ってくれたことに感謝だが、しかし。

 

「本人に許可ぐらいは、取ったらどうや!?」

「断らせないつもりだった」

「にしても。意思確認は必要! 人として尊重してや!」


 ジゼルがあまりにもプリプリしていたので、さすがにシルヴェルトルはバツが悪くなったのか

「分かった」

 と頷いてからまっすぐにジゼルを見つめ、

「……俺と……婚約。してくれ」

 静かに言った。


 ジゼルは、目をぱちぱちと瞬かせる。

 

『暴虐公爵』という評判だが、会話がきちんと成り立っている。少なくとも今、強引さはあるが横暴さは感じていない。

 王子に捨てられた令嬢の行先などないのだから、粗雑に扱ったとて構わない状況であるにも関わらず、一定の礼儀を感じた。

 ということは――この人は、少なくとも噂通りの暴虐ではなさそうだ、とジゼルは判断した。しかも『黒獅子』の通り名を戴くだけあって、見目も良い(顔は怖いが)。とまで考えてから、


「ウチを大事にするって、約束してください!」


 と些細な条件を出した。また破棄されたら、いよいよしまう。

 

「約束しよう」

「それなら……はい。それにしても――暴虐って、なんでなん……です?」


 ジゼルは我に返った。完全に前世の言葉で話していた! まずい! と。

 

「さあな。その話し言葉は、故郷のものか? 面白い言葉だ」

「あ。えー、申し訳ございません」


 感情的になると漏れ出てしまうのか、とたちまち反省して萎縮するジゼルに、シルヴェルトルは

「いや……良い」

 しかめっ面でブランケットを差し出した。ジゼルは、自身の肩を無意識にさすっていたことに気がつく――プロムのドレス姿のままでは、さすがに冷える。早速大切に扱ってくれるらしいと分かり、微笑んで受け取る。


「ありがたく存じます」

「……ん」


 シルヴェルトルは軽く頷くと、眉間にシワを寄せて腕を組み、目を閉じた。会話は終了ということか、とジゼルは理解し――非情に鳴り続ける馬車のガタゴトという車輪音をBGMに、いつの間にか熟睡していた。



 

 ◇ ◇ ◇




「おはようございます、レディ・ジゼル」

「んあ!?」


 目覚めたのは、見知らぬ天井、というか天蓋。

 金縁のツタのような彫り細工が見事で、白い薄手のカーテンが付いている。絶対高いやつぅ~とボンヤリ思っていたら、メイドが再度名前を呼んできたので、渋々起き上がる。


「お着替えを。ダイニングで、旦那様がお待ちです」

「はぁ」

 

 寝ぼけたままデイドレス(シンプルであまりサイズ感のあまりないもの)に着替えさせられ、促されて階下に降り、歩いていくと――


「うわ、なっが!」


 長テーブルの先端に腰かけていた、シルヴェルトル。渋い顔で手紙を読んでいたらしく、顔を上げて

「開口一番、それか」

 と放った。

 

「あーえっと、おはようございます、人さらい公爵閣下」

 

 なめんなよ、こちとら婚約破棄令嬢じゃい! 怖いもんなんかないわい! の勢いである。勢いで行くしかないのである。

 実のところ、何をさせられるのかと内心怯えているジゼルは、そう自分を奮い立たせていた。


 だがそんなジゼルに構わず、勝手知ったる初老の執事が、朝食を静かにサーブし始めた。美味しそうな匂いがスープから立ち上っている。ありがたく頂く。


 

「……バルニエ伯には文を出した。とりあえず返事が来るまでは、自由に過ごせ」


 人さらい、にはノーコメントを貫くようだ。

 

「はあ。ありがたく存じます? でもその、手配早すぎやしませんか?」

「……」


 無言でぎゅん、と睨まれたので、ぎりっと睨み返してみる、ジゼル。

 何も考えていない脊髄反射的な行動だったが、

「なぜ睨む」

 と逆に戸惑われてしまった。

 

「え? 自分が睨んできたからやんか!」

「……俺が、か」

「まさか自覚なしなん? うそやん」

「うおっほん」

 

 大きく咳ばらいをして、その問いには答えず立ち上がり

「ともかく、俺には執務があり忙しい。屋敷の中は自由に。必要なものはメイドに言え」

 と言い捨て、あっという間につかつかと部屋を出て行ってしまった。


 ポツン、とだだっ広いダイニングに取り残されるジゼル。

 

「うーわ、いきなりの放置プレイ、キタコレ! やっぱこれ●ソゲーやで……チュートリアルすらないとか、アウトやで」


 たまらず天井を仰いで悪態をつくジゼルに、執事も咳ばらいをした。こちらにはどうやら侮蔑が含まれているようである。

 まあ仕方ないか、それで済むならスルーしよう、とジゼルは思っていたが、

「旦那様も、物好きな――自由にとは言われましたが、勝手にとは言われておりませんからね」

 釘を刺してきた。


 

 ――あっはーん? ウチ、売られた喧嘩は買うたちやで!

 

 

「貴方、名前は?」

「クレマンにございます」

「デュゲ公爵家の執事クレマンが、当主の婚約者になる予定の令嬢に対して、そういった態度を取ること。しっかりと覚えておくわ」

「っ」


 ナニワ女子なめんなよ! である。


「突然、否応がなしに連れてこられた女性に対して、何の気遣いもできず、何が執事なのでしょうね」


 だん! とジゼルは立ち上がり、クレマンをまっすぐ見つめた。

 

 幼少時から今まで、将来は王太子妃になるべく、色々叩き込まれてきた。学校も真面目に通っていたし、試験の成績も対外的に誇れるよう、最大限努力して上位をキープしてきた。

 前世の記憶を思い出したからといって、それらを忘れたわけではないことが、今はありがたかった。虚勢でも、精一杯に『伯爵令嬢』として振る舞うことこそ、ジゼルのできる自己防衛だ。それに――


「旦那様は自由にと仰ったわ。まずは、屋敷内の案内を」

「……かしこまりましてございます」


 貴族の矜持きょうじは、保ったままでいる。


 

 ――ニコラのことなんてどうでもええけど……頑張ってきたことが投げ捨てられるのは、きっついわぁ……



 じくじくする胸の痛みを忘れるために、ジゼルは屋敷内を見て回ることにした。


 

 

 ◇ ◇ ◇




 一通り屋敷内を見終わり休憩したいと言うと、メイド頭のヘルガは、うやうやしい態度でコンサバトリー(ガラス温室のような部屋)にジゼルを案内した。


 色とりどりの花々や木々が植えられた、大小さまざまな鉢。それらがバランスよく、センスよく並べられている。そこかしこへ設置されたランプに、テーブルやガーデンチェアの他、優に寝そべることができるカウチソファまで置いてある。


「うわあ、素敵……」

「前当主ご自慢の部屋にございます」


 ヘルガが、にっこりと口角を上げて言う。


「前というと」

「はい。半年前の落馬事故で亡くなられました。それから、シルヴェルトル様は大変なご苦労をされております」


 ジゼルは、王太子妃教育で叩き込まれた、主だった貴族名簿を頭の中でめくる。確かシルヴェルトルは、十七歳になったジゼルの三歳年上で、ニコラと同い年だ。

 

「若干二十歳で公爵家当主になられた、のよね」

「左様でございます」

 

 ヘルガは、執事クレマンの妻でもあるのだそうだ。主人の失態を代わってお詫びします、と頭を下げた後で、静かにお茶の準備を始めた。白髪混じりの濃い茶髪で、背筋がしゃきんとしている。お局様、とジゼルはひそかにあだ名をつけた。

 

 そのヘルガの後ろには、二人のメイドが付き従っていた。

 

 一人目は、ジゼルを着替えさせた最初のメイドで、クレマンとヘルガの娘のカティ。

 二人目は、イリス。新人で雇われたばかり、というのが納得の、カチコチな所作だ。

 カティは濃い茶髪、イリスは赤毛でそばかす。

 先輩と新人やな、とジゼルはまたも頭に名前とセットで叩き込む。


「レディ・ジゼル。正式な婚約届が受理されるまでは、そう呼ばせて頂いても宜しいでしょうか」


 ジゼルは、書類上はまだニコラ王子の正式な婚約者だ。

 まず破棄の届け、次にシルヴェルトルとの婚約の届け、となると手続きは膨大で、しばらく時間がかかるだろう。父であるバルニエ伯爵も卒倒するだろうしな、とジゼルはそこまでを一瞬で考えた上で

「わかったわ」

 と短く返事をする。


 ヘルガは、多少わきまえたメイドのようだ。

 だが同時に見定めている空気も醸し出しているのは……わざとだな、とジゼルは思わず苦笑する。公爵家のメイド頭であれば、致し方ないことだと今は許容することにした。

 

 一方で新人のイリスは、緊張のしすぎなのか細かく震えている。


「イリス、少し肌寒いわ。何か羽織るものはあるかしら?」

「は、はいっ、ただいま!」


 動けば多少はほぐれるかなと用事を頼んだジゼルに、カティが

「慣れない者をお付けして、申し訳ございません」

 即座に頭を下げる。

「はじめは、誰しも新人でしょう?」

「ですが、私が教育係ですので」

「なるほど――カティ」


 ジゼルは、ティーカップをソーサーごと持ち上げて香りを楽しんでから言った。


「わたくし、『ですが』は嫌いよ」

「っ」


 女主人候補に対して、否定から入るのは無礼でしかない。口答えと同様だからだ。

 カティ、さては父親似やな? と溜息をつくジゼル。


「申し訳ございません」

「わかればいいの」


 家の様子は、使用人の態度で分かる。

 イリスの震えが、緊張からだけだったら良いが――これは根深い問題がありそうだ、とジゼルの嫌な予感が止まらない。


「行くも地獄、戻るも地獄、なら」



 ――行ってやろうやないかい!



 

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