女になるはずだった僕は、みんなから愛される

弐屋 中二(にや ちゅうに

第1話 愛とは形のないものである

愛とは形のないものである。とは数多くの詩人たちが歌った一節だ。僕はシーレム・ヴィコム。名家ヴィコム家の気楽な三男さ。

ここ、王都ヴェルヘルムで生まれ、魔法も剣技も勉学も平凡、十五になって、フラットレオン学院に入学した。

家から近いので、同級生で、我が家の召使いでもあるバーンズに守られながら通学している。

バーンズは貧民出身だが剣術の才能があって、何よりとても凛々しい。燃えるようなショートカットの赤髪と宝石のような碧眼、手足が長く高い背丈。そして何より魅力的なのは、性別をまだ選択していないこと。僕はバーンズに女になって、いつか僕のお嫁さんになって欲しいと最近いつも言っているけれど、苦笑いでかわされる。


校門を潜ると、すぐにアグリャ・スカーミに絡まれる。軍事一家の方針で一歳で男を選択した彼は、去年まで性別未選択だった僕より遥かに背丈が大きくて筋肉も多い。健康的な褐色の肌に、短く刈り上げた黒髪と端正な顔つきは女子人気抜群なのに、いつも僕に後ろから近づいてきて

「シーレム、今からでも俺の女になれ」

僕の首筋から声をかけてくる。

「む、無理だよ……僕はもう男だ」

「男でも関係ない。お前が好きだ」

「アグリャ、坊ちゃまが困っておられる」

バーンズが苦笑いで注意すると

「ふっ、バーンズ、お役目ご苦労」

アグリャはあっさりと引く。僕を諦めないと言うこと以外は彼は素晴らしい男だ。容姿端麗で成績は優秀、決して弱いものイジメをしないし、理不尽なことも言わない。貧民出身のバーンズの剣技の才能も認めていて、出自で差別も決してしない。


1限目は魔法の授業で、燃焼についての魔法力消費の比率を学んだ。僕はしっかり予習していたので、当てられて四苦八苦していたバーンズに小声で答えを教えてあげた。休み時間にバーンズは申し訳無さげに

「坊ちゃま、失礼しました」

「ふふっ、いいのよ。あっ……良いんだよ」

今でもつい、女性の言葉が出てしまう。僕は元々女性になるつもりで過ごしていたんだ。でもこんなとこを聞かれたら、アグリャが喜ぶだけだと咳払いしていると

「おい、聞いたぞ女男ー。可愛らしいおめえにゃ男は無理だ。女に戻れ」

金髪をなびかせた嫌味な太っちょはジェムルス・バイロニカ、大商人の息子でいつも僕のことおちょくってくる。こいつは六歳で男性を選択した。だから僕よりだいぶ男らしい。

一度性別を選択するともう戻れないのは全世界で周知の事実なので、言っていることは完全に嫌味だ。

「坊ちゃまが女になったことはない!」

目を吊り上げたバーンズが文句を言うと

「貧民が僕に口答えすんのか?シーレムは去年まで、女になるつもりで女の格好してただろ!」

「なんだとっ!」

バーンズが殴りかかろうとするが、それより前にいつも

「ジェムルス、俺の女に手を出すのか?」

「チッ、聞いてやがったのか」

アグリャがいつの間にか、にこやかにほほえみながら彼を追っ払ってくれる。

バーンズが不満げに

「坊ちゃまは男だ」

と訂正すると、彼は爽やかに頷いて去って行った。


お昼の授業が終わり、我が家へと二人で帰宅する。去年からのボルム帝国との戦争で、大兄様のケイレブと、小兄様のエバンスが戦地にいて我が家は少し、さみしげだ。兄様たちは僕をかわいがってくれた。女性になる予定だった僕が、男を選択したのも長引いている戦争のせいだ。兄様たちが戦地でもしものことがあったときのため、性別を持たない第3子だった僕が、三男になったんだ。性別を持たぬまま十八まで待つと、とても外見が美しくなるため、僕は去年までは髪を伸ばし、ドレスを着て過ごしていた。女性らしい言葉を話して、仕草をして、十八で女性になると思っていた。


男物のズボン、下着、そして体……なれないなあ……と全て脱いで、バーンズとお風呂に入る。バーンズのツルンとした男でも女でもない身体がまだ少し羨ましい。男にでも女にでもなれた可能性があった去年の私……いや、僕。バーンズから背中を洗ってもらいながら想いをはせていると、執事のドルストイが外から

「坊ちゃま!大変でございます!」

と声をかけてきた。

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