夢の続き

勿里量子

夢の続き

 朝、目覚めると僕は、胸が締め付けられるどこか懐かしい思い出が蘇るような思いがした。


 それは遠い昔のこと、


 ショートカットの少女は、頭が良くて、どこか大人びているようだけど、でも話をしていてとても楽しい。そして心が安らぐ。一緒にいてどこも無理がなく、当たり前のように自然体でいられる。けど、彼女と一緒にいるとちょっぴりドキドキする。


 不思議な感覚。


 学校の帰り道。それはいつものことのように彼女と一緒に徒歩で帰り道を歩いていた。少し先に彼女の女友達がいた。僕は彼女とずっと一緒にいたかった。出来る限り、いつでもどこでも、彼女に側にいて欲しいという思いが次第に強くなっていた。


 どうしよう。思い切って彼女にこの胸の思いを伝えたい。そしてできれば叶えたい。彼女はいつものように僕に自然に話しかけてくれる。彼女の言葉は聞いていて、とても安らいだ気持ちでその話を聞ける。

 僕は胸が脈打つのを感じながら、彼女に思い切って胸の思いを言葉で伝えようとした。「あのさぁ…」その時、少し先を歩いていた彼女の友達が、振り返り立ち止まった。

 これから彼女に打ち明けようとしてるのに、なんて間が悪いんだ。彼女に言いかけた言葉が止まってしまった。少しずつ近づく彼女の友達。

 彼女の友達は、彼女より背が高く、溌剌とした体育会系女子のように爽やかで、さっぱりとした性格。その彼女に何も悪気はなかった。

 でも僕の横にいる彼女は、その友達と話をしようとはしなかった。彼女は僕の言いかけて止めてしまった言葉の先を聞きたいのだろうか?

 彼女は僕の言いかけた言葉の先を問いかけた。「なあに?」でも彼女の友達は振り返り、立ち止まってこちらを見ながら、笑顔で僕たちが近づくのを待っていた。彼女の足が少し遅くなったように感じた。それは彼女の友達にこれ以上近づきたくない。僕と彼女の話に割り込んで欲しくない。そう言う彼女の意思の表れではないのか。これは僕の思いが強すぎてそう感じさせるのだろうか?

 彼女の友達は、何かを感じ取り、前に体を向き直して、先を歩き出した。

 近いなぁ。これじゃ僕の打ち明け話をその友達に聞かれちゃうな。僕の横の彼女は更に歩くペースを落とした。再び彼女の友達との距離が離れていった。少し距離が空いたところで、普段のペースで再び歩き出した。

 やっぱり彼女は僕の話の続きを聞きたいのだ。


「ねえ、何を言おうとしてたの?」


「あのさぁ、俺、ずっとキミの側にいたいんだ。ダメかな?」


「何で? いつも一緒じゃない」


「……それは…」


 また先を歩く彼女の友達が振り返って立ち止まった。

 僕の言葉は、また途切れてしまった。

 僕の横を歩く彼女の足は、またペースを落とした。

 彼女の友達は、僕らに割り込んではいけない状況を確認したかのように、その気まずさを顔に隠せず、また前を向いて歩き出した。

 良かった。彼女の友達が気づいてくれて良かった。電車の駅が近づいていた。今度はちゃんと僕のこの思いを彼女に伝えよう。

 彼女は決して今のこの状況がどう言うことか分からない天然女子ではなかった。いつも気が利いて、僕をいつも気遣い、それを重くも負担にも感じさせることはなかった。それは彼女の優しさだった。そんな彼女だから僕は彼女とずっと一緒にいたかった。

 駅がだんだんと近づいてくる。彼女は三度歩くペースを落とした。


「それは、俺と付き合ってくれないかな。と言うことなんだけど」


 彼女は返事をしなかった。


 その沈黙はど言うことなんだろう。僕の言葉が意外だったのだろうか。それとも彼女には、他に好きな男がいて、返事に困っているのだろうか。僕とは男友達であって、それ以上の関係は考えもしなかったのだろうか。

 学校からの帰り道は、通学電車の駅裏へと続いていた。駅裏から改札口を通ってホームに出るには、連絡橋を渡って線路を越えなければならなかった。

 俺は、電車通学だったっけ?

 何で彼女と電車の駅に向かって歩いていたんだろう?

 彼女はこれから何処へ向かうのだろうか。学校帰りということは、これから彼女も家に帰るんだよな。

 彼女と僕は、駅の改札口の前まで来ていた。彼女の友達は、既に改札口を通ってホームに向かっているところだろう。


「これからスポーツクラブなんだよね」


 何で俺は、それを知っているのだろうか?


「うん、これからバレーボールのクラブなの」


 成績が優秀な彼女は、学校のクラブには入っていなかったが、週にいちにどこのスポーツクラブに学校帰りに通っていた。


「キミは凄いよな。勉強も頑張って、スポーツも欠かさない。本当によく頑張ってるよね」


 彼女は改札口に向かわず、立ち止まったままであった。


 何でだろう。別に僕が引き留めているのでもないのに。何故、彼女は改札口に入ろうとしないのだろうか?

 そうか、僕が電車通学ではないから、ここで別れなければならないからなのだ。彼女は僕の思いを打ち明けたことが、負担に感じているのだろうか?


「どうしたの。電車に乗らないの?」


 いや、僕はこのまま彼女を連れてどこかに行きたい。彼女に帰って欲しくない。僕の横にずっといて欲しい。

 改札口の入り口前では、多くの学生や会社員、主婦など大勢の人々が交差していた。


「電車来ちゃった。この駅は急行も止まるから、電車はいくらでもすぐに来るけど……」


 彼女は黙ったまま僕の方を見ている訳でもなく、ホームに着いた電車を見ようともしない。俯いているのでもなければ、どこかに気を取られて、そちらの方を向いている訳でもない。

 どうしたんだろう。何故、何も言ってくれないのだろうか?

 きっと僕の言った言葉が彼女を困らせてしまったんだ。でも彼女の表情から困った様子が全く窺い知れない。彼女は大人っぽい所はあるが、こんなポーカーフェイスを器用にできる娘ではなかった。「返事はいつでもいいんだ」或いは「さっきの話は忘れて」とでも言って彼女を楽にさせてあげたかった。


「どうだろう。俺ではダメかな?」


 何言ってんだ。気持ちと言葉が真逆になってしまっていた。僕はうっかりとした僕の言葉に後悔を感じながら空を見上げようとしたその時、視界に僕の顔を見る彼女の顔が目に入った。言葉に出てしまったことは悔やんでも仕方がない。それより僕を見つめる彼女の視線を避けたくなかった。

 相変わらず、大勢の人が改札口を出入りしていた。騒々しさは、全く気にならなかった。嘸かし通行の邪魔をしていることだろう。しかしそんな申し訳なさには構っていられなかった。



 朝、目覚めると僕は、胸が締め付けられるどこか懐かしい思い出が蘇るような思いがした。


 そして今、彼女は駅の改札口の前で立ち止まり、僕の顔を見ていた。

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