第2章 精霊狂騒曲
第1話 まだ癒えない悲しみと共に
クレスとの激闘から五日後。
シオンは、どこまでも広がる青空を見つめていた。
「どう、身体の調子は?」
「んー……ちょっとまだ身体が重いかな」
傍らに立つカノの言葉に、シオンは気だるげに返した。
三日前に目を覚ましたシオンは、重たい疲労感と倦怠感、激しい頭痛に苛まれ、起き上がることもままならなかった。
「まあ、当然ね。あんな訳の分からない力を乱用したんだから」
カノと契約したシオンは、傷などはすぐに修復できるが、発生した痛みや疲労は修復できない。
シオンの身体に襲い掛かっていたのは、ブラックボックスの過剰使用による反動だった。
それは、カノにも修復できないものだった。
「ブラックボックス……。今後も乱用は禁止だから。少なくとも、その不調が治るまでは絶対にダメだからね」
シオンが寝ている間に、彼女の記憶を共有したカノは、彼女が知っている限りのブラックボックスについて把握していた。
しかし、シオンが知っていることも少なく、ブラックボックスは未知の力としか言いようがなかった。
ただ分かっていることは、ブラックボックスを乱用することに、シオンの身体は耐えられないということである。
クレスとの戦闘中に起きた大量の鼻血と、今なお残る倦怠感などがその証拠である。
「……うん。分かってるよ。カノと一緒なら、使う必要もないだろうしね」
シオンの言葉を、カノは疑わし気に睨みつけた。
その視線から、シオンは気まずそうに目を背けた。
シオンの言葉に嘘はない。
カノのことを信頼し、彼女と一緒なら、ブラックボックスを使う必要はないと本当に考えている。
だが、それでも対処できない何かが起きた時には、ブラックボックスを迷わずに使う。
その決意を心の奥底に隠したが、影で繋がっているということがどういうことか、シオンはまだ完全に理解していなかった。
影で繋がり、一心同体となっている以上、お互いの感情や記憶、知識、経験など、何もかもが筒抜けになっているのだ。
シオンは、カノの全てを読み取るようなことは、今もこれからもするつもりはなかった。
それと同時に、カノには隠し事をするつもりがないという思いが、シオンの何もかもを筒抜けにさせていた。
そのことに気が付いていないシオンに、カノは呆れて、ため息をつく。
そんな彼女の様子に首を傾げながら、シオンは口を開く。
「……ねえ」
シオンとカノは、何もかもを共有している。
だから、次にシオンが何を言おうとしているのか、カノは理解していた。
「イリス・ラスティアなら、出来るだけ傷を修復して、葬具と一緒に影の中に隠してあるから」
「そっか。……よかった」
彼女が安全な場所にいることに、シオンは安堵する。
あんな無惨な死を迎えた彼女が、これ以上酷い目に遭うことがないのだから。
一刻も早く、彼女を蘇生する術を見つけなくては。
「って言っても、手掛かりは一切ないしなぁ……」
「霊魔種も精霊種も、簡単に会えるようなやつらじゃないからね。特に精霊種はね」
「何だっけ? 確か、空高く浮かぶ大陸に住んでるんだったよな?」
シオンは、イリスから聞いた説明を思い出していた。
精霊種は、空に浮かぶフィエルデ大陸に住んでいると彼女は言っていた。
「確かに、肉眼で見えないような遠くにある場所、簡単には行けないよな……」
「はぁ……。イリス・ラスティアのやつ、本当に最低限しか教えてないわけ? ……まあ、私も最低限しか共有できてないけど」
「とりあえず、ご飯食べながら、色々と教えてよ!」
「……分かった。いいよ」
お腹を空かせたシオンは、少し無理をした笑顔で、ご飯を食べることを提案してくる。
目の前でイリスを失った悲しみは、まだ彼女の心を蝕んでいた。
それが消えてくれることはない。
でも、せめて、カノにだけは心配をかけたくない。
だから、シオンは無理にでも笑って見せた。
そんなことはしなくていい。
つらいなら無理に笑わなくてもいい。
カノは、その言葉を呑み込んだ。
悲しみの乗り越え方は、人それぞれだ。
それをカノがとやかく言う必要はない。
「今日は何にしようかな」
「別に何でもいいでしょ」
「よくない! 何をするにしても、ご飯は大事! 特に、これから大変なんだから!」
「はぁ……」
だから、カノはシオンと共に歩き出した。
あの日、シオンの力になりたいと思い、彼女と運命を共にすることを選んだ自分に出来ることだから。
それぞれの想いを抱えた二人は、他愛ないやり取りをしながら、街に向かうのだった。
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