第35話 終幕

「はーい。もっし~? どしたのぉ?」


 シオンがクレスを惨殺したころ。

 派手な部屋に置かれた、ピンク色のベッドに寝転がる少女。

 彼女は、桃色の髪をくるくると弄りながら、気だるげに携帯電話の向こう側の相手に話しかける。


「うん。うん。……え! マジぃ!? クレス君、殺されたのぉ!?」


 電話越しの相手の言葉に驚いた彼女は、ベッドから跳ね起きる。


「誰がやったの!? やっぱり、イリスちゃん??」


 クレスの実力を知っている彼女は、誰が彼を殺したのか興味津々だった。


「ふんふん。……え? ふーん。そういう結末なんだぁ」


 しかし、彼の末路を聞く少女の声のトーンは、次第に落ちていく。

 何を考えているのか、それは彼女にしか分からない。


「まあいいや。分かってるって~。ちゃんと報告しとくから、そっちも自分の仕事に集中しなよ。じゃあねぇ~」


 電話を切った彼女は、ベッドから立ち上がり、部屋の扉の近くにあったコートを羽織り、外に出た。

 研究所、あるいは医療施設を思わせるような無機質な白い廊下。

 長い廊下を、彼女は慣れた足取りで進んでいく。

 そして、しばらく歩いた先にあるドアの前で立ち止まると、コートのポケットから取り出したカードを、ドアにかざし、ロックを解除する。


「エレイアさーん! いるー?」


 少女は、床に散らばった資料や機材を踏まないように、拾いながら、部屋の主を探す。


「あ、いた。何してんの?」


 目的の人物は、部屋の奥の機器の前にいた。

 エレイア・シルフォン。

 ラスティア王国葬具開発の統括責任者である。


「いるよ。どうかしたの、えりか?」


「クレス君、殺されたって」


 彼女の報告を聞き、エレイアは初めて顔を上げた。


「そっか。まあ、あの傷でイリスちゃんを殺しに行くっていうから、良くない結果になるとは思ったけど、やっぱり殺されちゃったか」


「またまた~! 分かってて送り出したくせにぃ! あの葬具、手負いで使うには危険でしょ?」


「まあね。あの葬具は、試作品だった白翼一槍の完成形として開発した葬具。名前は、灰燼神槍(グリーゼ・ウォルフ)」


 エレイアは、机の上の資料を探し、近づいてきたえりかに手渡す。

 それは、灰燼神槍と呼ばれた葬具の設計図だった。


「ふーん。白翼一槍をより攻撃的にした、超光熱を纏う槍かぁ。……って、やっぱりめちゃくちゃ危ないじゃん!? これ、自分も焼かれるっしょ?」


「さすがえりかね。設計図を見ただけで、全部理解できるなんて」


「エレイアさんの設計図が分かりやすいだけだって~! でも、これ使いこなせる人いるの? この葬具の真価は、超光熱を放出しきった先の極低温なのに、そこに行くまでに、焼き焦げて死ぬんじゃない?」


「そうなの。だから、使用データが欲しくて、クレスくんに渡したんだけど……」


「残念だけど、データは取れなかったみたいだよ?」


 えりかは、設計図をエレイアに返しながら、報告を受けた内容を伝え始める。


「想定内よ。元々期待なんてしてなかった。あの様子じゃ、葬具を十全に使う前に殺されたんでしょうね。反理銀翼の方が、多彩だもの」


「んー……どうやら、色々と違うみたいよ? データを取るどころか、葬具は粉々に壊されたって」


「……? どういうこと?」


「そもそも、クレス君を殺したのはイリスちゃんじゃないみたい。あの子は、クレス君がしっかり殺したって」


 エレイアは、静かに彼女に話の続きを促した。

 話に割り込んで、色々と質問するよりも、結論まで話してもらった方が早いと、彼女は判断した。


「クレス君を殺したのは、うちらと同じ人間だってさ。この世界じゃありえない制服着てたし、それに……」


 えりかは、一呼吸置くと、楽しそうな笑顔を浮かべて口を開いた。


「その子、特殊な力を使ってたのに、目に光輪が浮かんでなかったんだって! あはは! 久しぶりに来たんだよ!! 開放者!!」


「──そう。なら、クレスくんに傷を負わせ、彼に憑りついていた霊魔種を殺したのもその人間ね」


「ねえねえ、うちも行っていい!? クレス君を殺せるなんて、逸材じゃん! 久しぶりに人間、解体(ころ)させてよ!」


 彼女の報告を聞き、冷静に事態を分析するエレイアだったが、彼女の思考を遮るように、目を血走らせ、興奮したえりかが、顔を覗き込ませてくる。


「ダメよ。今は、大事な仕込みの時なの。戦力分散は必要最低限にしたいの」


「けちぃ! じゃあ、エレイアさんでもいいから、相手してよぉ!! 解体したいぃ!!」


「ふふっ。──冗談も、そこまでにしておきなさいよ。百海(ももみ)えりか」


 駄々をこねるえりかを、冷たい殺意が灯ったエメラルドグリーンの瞳が射貫く。

 次の瞬間、彼女の身体には無数の切り傷が刻まれていた。

 同時に、えりかは手刀がエレイアの喉元まで迫っていた。

 しかし、その手は見えない何かに遮られ、届くことはなかった。


「まあでも、そんなに暇を持て余しているなら、一個頼まれてくれる?」


 エレイアは、えりかの手刀を掴んでいた手を離し、一枚の紙切れを手渡した。


「何これ?」


「指示書よ。別に誰に任せてもよかったんだけど、このままだと暴発しそうだから、あなたに任せるわ」


 えりかの血走っていた眼は、落ち着きを取り戻し、彼女からの指示に目を通す。


「ふーん。色々聞きたいことはあるけど、まあいっか。いいよぉ、やってあげる」


 少しだけ不満そうな表情を浮かべながら、彼女はエレイアに背を向け、部屋を去ろうとする。


「そうだ。クレス君を殺した人間の名前って分かる?」


 その間際、彼女はえりかを呼び止め、一つの質問を投げかけた。


「ん? 名前? 確か……シオンって言ってたよ」


「……そう。ありがとう」


「ほーい。じゃあ、準備終わったら、出発するねぇ」


「ええ。気を付けて」


 えりかは手を振りながら、エレイアの部屋を後にした。


「……開放者が王を打倒し、カギを手に入れた」


 誰もいなくなった部屋の中、彼女は窓の外を見つめる。


「これでこの世界の膠着状態は崩壊する。やっと、この計画を進めることが出来る……!」


 彼女の目には、強く濁った負の感情が灯されていた。


「霊魔種を全て滅ぼし……神を、殺す……!」


 エレイアは、遠く浮かぶ霊月に手を伸ばし、握りしめる。

 全ては神殺しをなすため。

 エレイア・シルフォンは、行動を開始した。



「へぇ……。すごいね、彼。剣聖帝王とまで呼ばれたクレス・ラスティアをあそこまで一方的に嬲り殺すんだ」


 時は遡り。

 シオンがブラックボックスを開放し、クレスを惨殺している最中。

 黒い外套に身を包んだ栗色の髪の少年は、ターコイズブルーの瞳で、その様子を見つめていた。


「ただ、あの力は何なんだろう? 魔法でも、魔術でもない。ましてや精霊術でもない」


 少年には、彼の使う力に、見当がつかなかった。

 この世界に由来する力ではないということまでは理解できても、それ以上は何も分からない。


「……まあ、いっか。どんな力でも関係ない。あれだけの力を持っているなら、僕の舞台に上がる資格はあるからね」


 だから、それ以上のことを彼は考えなかった。

 力の詳細なんて、彼には関係のないことだから。

 必要なのは、力があるかどうか、それだけだった。


「贅沢を言うなら、本当は彼の持つ葬具はどっちも欲しかったんだけど、なくても脚本に支障はないし、問題ないか」


 少年は、ため息をつきながら、傍観者の席から立ち上がる。


「問題があるとすれば、僕の脚本以上の計画を企ててるやつがいるってことくらいか」


 舞台に上がろうとする彼には、一つだけ懸念点があった。

 彼は、自身のことを傍観者であり、脚本家であり、演者だと考えている。

 だが、そんな少年のことすらも、舞台裏で傍観している誰かがいる。

 一体、それは誰なのか。

 自分のこれからの行動も計画の内なのか。


「……いいさ。どっちが上か、見せてあげるよ」


 少年は不敵な笑みを浮かべる。

 どこの誰かは分からないが、自分の脚本の方が上だと証明してみせると意気込み、彼は舞台上に向かって歩き始めた。

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