第34話 ■=天体潮汐
「……ああ。そっか」
クレスを地面に叩きつけたシオン。
彼女は、無様に地に転がるクレスを見つめながら、自分の変化に気が付く。
その変化を、シオンはすんなりと受け入れることが出来た。
受け入れることが出来てしまった。
「ごめん。すっかり忘れてたよ、フォンねえ」
彼女の頭の中には、いつかルフォンから聞いた話が蘇っていた。
ブラックボックス理論。
多くの研究者が解明に挑み、ついぞ解き明かすことのできなかった人間の未知。
自分が今辿り着いたのは、その先なのだと
「フォンねえの仮説、間違ってなかったよ」
ブラックボックスが開くのと同時に、ルフォンが消息を絶ったあの日から封じ込めていた記憶も思い出していた。
あの日、彼女は、自分が辿り着いた仮説を話すことを躊躇っていた。
もしそれが正しかったら、研究者は非人道的な道に走り、被害者の日常は終幕する。
幼き日の汐音は何も理解していなかったが、今ようやく、シオンはルフォンが何を躊躇っていたのかがよく分かった。
「く、そがっ!! 俺を見下すんじゃねえ!!」
冷たい目で、自分を見下すシオンに、怒りをぶつけるクレス。
何度も何度も、剣聖帝王である自分が、戦闘の素人であるシオンに見下されるなどあってはならない。
葬具を握りしめ、彼女を貫こうとする。
「なっ!? 何だ、これ……!」
しかし、葬具は重く地面にめり込み、一切動かすことは出来なかった。
不可解な現象に動揺するクレスの眼前で、彼の葬具はねじ曲がり、粉砕された。
同時に、彼の腕には白銀の槍が突き立てられ、腹部に拳が叩き込まれた。
『多分、ブラックボックスを開けるために必要なことはね、人間の脳が崩壊するレベルの肉体的、もしくは精神的な極限の負荷なんだよ』
「がぁっ!!」
肉が潰れ、骨が砕ける音と悲鳴を掻き消すように、シオンの頭の中には、ルフォンの言葉が繰り返されていた。
イリスの死、カノの負傷、神とクレスへの怒り、そして、無力な自分への殺意。
多くの精神的負荷が、シオンのブラックボックスを開いたのだ。
「さっきさ、何て言ってたっけ?」
武器を手に取ることも出来ず、激痛に喘ぐクレスを見下ろしながら、シオンは淡々と呟く。
「確か、『生きてることが苦痛に思うほどの地獄を味合わせてやる』だったっけ?」
彼の放った言葉を呟きながら、シオンは白銀の槍を振りかぶり、クレスの両脚に叩きつける。
「ぎぁぁっ!?」
「その言葉、そのまま返してやるよ。イリスの優しさを踏み躙ったお前だけは、絶対に許さない……!!」
瓦礫に潰されたように、両脚は使い物にならなくなり、割れた地面に血が染みる。
明らかにイリスの葬具を振りかざしただけでは、ここまでの衝撃は発生しない。
一体、どんな手を使ったのか。
必死に考え、状況を打破しようとするクレスだったが、彼女はそれを許さなかった。
イリスの槍を地面に突き刺したシオンは、完全に身動きの取れなくなった彼を見下ろし、口を開いた。
「今からお前の四肢を、末端から砕いていく」
その宣言と同時に、拳を振り下ろし、彼の右足の先を粉砕した。
「ぐぁぁああぁああ!」
次に、左足の先に狙いを定め、再び拳を振るう。
悲鳴と共に、肉と骨がぐちゃぐちゃに潰れ、赤い鮮血が飛び散る。
「……っ!?」
返り血を浴びるシオンは、頭に激しい痛みを感じ崩れ落ちた。
息が乱れ、視界がぐらつく。
ブラックボックスを開いた瞬間に、自身が持つ力とその使い方を全て理解した。
シオンのブラックボックスに込められていた能力は『天体潮汐(タイダル・ノヴァ)』。
彼女自身が強力な重力場となることで、潮汐力を引き起こす。
その力の効果範囲は銀河中にまで及び、対象の距離が近いほど、もしくは質量が大きいほど破壊力を増す。
彼女の能力は、非常に汎用性の高いものだが、シオンがやってみせたような、重力場を武器や拳に纏わせたりといった細かな操作は、脳への負担も大きくなる。
シオンを襲った頭痛は、それが原因である。
ブラックボックスを開いた時点で、彼女は全てを理解していた。
それでも尚、彼女は、拳を振り下ろし続けた。
クレスを殺すのは、この力でなくてはならない。
彼女の優しさを踏み躙った愚かな行いの結果、自分が凄惨な死を迎えるということを理解させなくてはならない。
そのためには、イリスの死とカノの傷により解放されてしまったこの力で、クレスを殺す必要があるのだ。
ガンガンと痛む頭に、クレスの醜い悲鳴が響き続けるが、彼女は手を止めない。
両の足先から砕いていき、腿までを完全に粉砕する。
そして、残っていた右腕も指先から、肩までを徐々に砕いていく。
「ァ……が……ぇぁっ」
血と肉が飛び散り、赤い水たまりの中で、胴体だけになったクレスが涙と涎を垂らしながら、掠れた声で何かを呟いていた。
「た、すけて……。パ、パぁ……マ、マぁ……」
シオンは、いつの間にか流れていた鼻血を拭いながら、憐れむようにクレスを見ていた。
力こそが全てと信じ、両親を排斥し、妹を道具のように扱ってきた男。
きっと、自分の信条を疑わず、何もかもを力でねじ伏せ、今日まで生きてきたのだろう。
その結果、自慢の剣技を振るうための腕を失い、ここから生き残る道など残されていない。
今わの際に、自身が排斥した両親に縋る姿を、憐れと言わず、何と言うのだろう。
「でも、可哀そう……とは思わないよ。自業自得なんだからさ」
小さな声で何度も何度も謝る声を聴きながら、シオンは拳を振り上げる。
「力こそが全てなんでしょ? じゃあ、自分以上の力に殺されるのも覚悟の上だよな」
「い……や、だぁ……。し、しに…‥たくな──」
絞り出された命乞い。
だが、その言葉が続くことはなかった。
シオンの振り下ろした拳が、クレスの頭部を破壊した。
そして、彼の拳が纏っていた重力場は、先ほどよりも広域だった。
彼女の重力場の内側に入ったクレスの肉体は、ロッシュ限界に到達し、弾け飛んだ。
悲鳴は止み、静寂の中、血の雨が降り注ぐ。
「そんなの、イリスも同じだったよ」
シオンは、イリスの葬具を握りしめ、静かにそう呟いた。
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