第16話 逃げて逃げたその先で
「はぁ……。もうこれで何回目だろう……」
ラスティア王城から去ってから二週間。
森の奥深くに流れる小川の近くに腰掛けるイリス。
彼女は、王国から派遣された追手の騎士団を倒しながら、機械種の国を目指していた。
葬具の開発には彼らも協力していたため、反理銀翼を改修してもらうためには、彼らを頼るのが一番早いと考えたからだ。
そして、国王であり、兄のクレスもそのことを理解していた。
故に、追手がイリスに追いつくのは早く、城を飛び出した二日後には追手と遭遇した。
彼女は、全員を返り討ちにし、彼らの持つ葬具を奪い取って、その場を後にする。
そんな日々を繰り返し続けた彼女は、肉体的にも精神的にも疲労が蓄積していた。
クレスに鍛えられた騎士たちは、誰もが一流の力を持っている。
彼らを相手取るには、反理銀翼を使うしか方法がなかった。
それ以外の魔獣狩りなどは、騎士たちから奪い取った葬具を使用していた。
だが、低級の葬具とはいえ、怨嗟の声は聞こえてしまう。
「このルートが一番早いけど、間違いなく押さえられてる」
痛む頭を押さえながら、地図と睨み合いを続ける毎日。
「こっちなら遠回りだけど、確実に進める。……でも、そんなルート絶対に勘づかれる。だったら、誰も踏み込まないようなこのルートにしよう……!」
地図に線を描き、今後の経路を確定したイリスは、後ろに倒れ込み、空を見上げた。
城の外に出れば、何か見つかるかと思った。
確かに、実際に目で見て、耳で聞き、肌で感じるものは、本で読むだけよりずっと新鮮で楽しかった。
でも、それは最初の二日間だけ。
追手との戦いが始まってから彼女が感じたものは、血の匂いと、臓物を抉る感触、命を奪い取る感覚だけだった。
それも今では、何の感慨もない。
どれだけ短時間で追手を殺し、身を隠せるか。
「はぁ……。うるさいなぁ……」
日に日に、すり減る神経は、殺される間際の騎士の悲鳴をリフレインさせる。
ただでさえ、葬具の声で精神は限界に近いというのに、これ以上迷惑な声を響かせないでほしい。
所詮気休めでしかないだろうが、耳を塞ぎ、目を閉じる。
「夢って、何なんだろう……」
誰に聞こえるわけでもない呟きは、風に消える。
「……進もう」
ここで悩んで、立ち止まっていたところで答えは出ない。
時間を無駄にするくらいなら、少しでも先に進んだ方が、何か見つかるかもしれない。
イリスは立ち上がり、森を後にしようとする。
「はぁ。その矢先にこれって、私って運悪いのかな……?」
だが、草木をかき分けて近づいてくる複数人の気配に気が付き、イリスは静かに葬具を抜いた。
そして、刃の一振りで、騎士たちを切り捨てる。
いつもよりも人数が多く、次から次へと、イリスの元に向かってくる。
だが、その作戦は大きな間違いだ。
イリスには、数よりも質をぶつけるべきなのだが、それを雑兵に言ったところで仕方ない。
だから、ここにいないクレスに伝わるように、向かってくる騎士たちを殺していく。
「──な、何故ですか……! 何故、あなたが私たちに刃を向け──」
状況を理解できていない、この場に立つ覚悟も意味も理解できていない騎士は問答無用で切り殺していく。
「ば、化け物……! 来るな……来るな来るなぁあぁぁ!!」
逃げ惑い、切っ先が震える騎士も同様である。
「殺せ! 奴はもう裏切り者だ! ここで殺し、その首を王の元に!!」
統率の取れていない騎士たちを奮い立たせ、イリスの首を取ろうとする騎士隊長。
彼の声に答えるように、逃げ腰だった騎士たちは、再び彼女に向かってくる。
故に、騎士隊長の四肢を切り落とし、首を切り落とし、踏みつぶす。
その悲惨な光景に、騎士たちの心は完全に折れる。
騎士の誇りも矜持も捨て去り、逃げ惑う騎士たちを、次々と殺していく。
「や、やめ……やめて……殺さないで──」
最後に残った騎士は、涙を流しながら命乞いをする。
その声は、イリスの心には響かない。
心臓を白銀の槍で串刺しに、追手の騎士たちは、断末魔と共に全滅した。
静寂を取り戻した森の中には、再び、風に揺れる葉音と小川のせせらぎが聞こえ始めた。
「っはぁ……」
その瞬間、戦闘の疲労が押し寄せてきた。
よろめく身体を、地面に葬具を突き刺し支える。
今回の追手は、今までよりも実力が高く、連日の戦闘で疲労しているイリスに追い打ちをかけた。
それでも、早くこの場を離れないと、次の追手が来る。
よろめいた身体を立て直し、歩き出そうとしたその時、茂みが揺れ、誰かが現れる。
「──はぁ。もう、いい加減にしてよ……」
まだ追手が残っていたことにため息をつけながら、現れたのが誰なのかも確認せず、一気に距離を詰め、槍を突きつける。
「え! あ、ちょっ!?」
その一撃に対応しきれなかった彼女は、体勢を崩し、しりもちをついた。
「こ、殺さないで……!」
今にも泣きそうな、震えた情けない呟きがイリスの耳に届き、彼女はようやく目の前の少女が鎧も武器もないただの少女であることに気がついた。
「……ほえ?」
一体、自分の目の前で、情けなく蹲る彼女は誰なのか。
黒い髪と橙色の瞳が、イリスを見上げた。
見たこともない容姿の少女がいきなり目の前に現れた困惑に、思わず間抜けな声と共に、槍を下ろしてしまう。
こうして、イリスの物語は、シオンと出会ったあの日に繋がるのであった。
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