第15話 そんな簡単なこと
イリス・ラスティアは、ラスティア王家に生まれた現国王の第二子であった。
「イリス。私たちの可愛いいイリスよ。お前は、優しく自由に生きるのだぞ」
「うん、お父さん!」
幼い頃から、父と母に優しく育てられ、多くの愛を受けてきた。
その一方で、王家にふさわしい人間になるための教育や、葬具を使いこなすための訓練に明け暮れていた。
「──父は甘すぎる。この世界で、無力な人間種が生き残るためには力が必要だ」
彼の兄であり、騎士団長であるクレスは非常に厳しく、彼との戦闘訓練は憂鬱そのものだった。
彼女に才能がなければ、ここまでの教育を受けることはなかっただろう。
「イリス、お前には力がある。その力は、俺が目指す強者の国には必要不可欠だ。分かってくれるな?」
「はい。兄さま」
だが、幸か不幸か、彼女には才能があった。
特に、葬具の適合率の高さは、人間種の中では群を抜いていた。
どの葬具を持たせても、完璧に使用できてしまう。
そしてそれは、葬具から響く怨嗟の声をはっきりと聞くことが出来てしまう才能でもあった。
そのことを、イリスを含めた誰もが気が付かないまま、月日は流れていく。
城の外に出られる日は年に数回。
国の外に出るなんて以ての外、と言い渡されていたイリスは、外の世界への憧れを胸の奥に仕舞いこみ、訓練に明け暮れていた。
「クレス国王! この国には強き王が必要だった! 軟弱な王など不要!」
「次の騎士団長は誰になるんだろうな?」
「そんなのイリス様意外にいないだろ。全ての葬具を扱えるなど、これまでの人間種にはいなかった天賦の才だ!」
気が付けば、クレスは国王となり、優しき父と母は城内から姿を消した。
彼女の拠り所はなくなり、訓練の過酷さは日に日に増していた。
そんなある日、イリスはある実験の被検体に選ばれた。
二つの葬具を一つにした新たな葬具、その適合実験。
ラスティア王国葬具開発部隊の隊長であるエレイア・シルフォンが主導したこの実験は成功し、イリスは新たな葬具の適合者になった。
常に頭の中に響き続ける怨嗟の声に蝕まれながら、狂気に呑み込まれた身体で、多くの敵を葬っていった。
その結果、彼女は周囲の期待通り、騎士団長に着任した。
しかし、その頃には、イリスの精神は崩壊寸前だった。
任務がない日は、部屋に閉じこもり、布団の中で、耳を塞ぎ続ける日々。
「私……何がしたかったんだろう」
暗闇の中で、イリスは考えていた。
幼い頃から、ひたすらに努力し続けてきた。
でも、その努力は自分の夢を叶えるためではない。
ただ、周囲の期待に応えるため、そうあるべきと定められたからやっていただけである。
夢も何もない空っぽの人生。
それが今までの彼女だった。
「私の夢……」
彼女は、いつか心の奥底に仕舞いこんだ憧れを思い出した。
「この国の外……そこに行ったら、私は夢を見つけられるのかな」
ベッドから抜け出したイリスは、部屋の片隅に置いていた葬具をゆっくりと撫でる。
「他の国に行ったら、あなたたちのこともどうにか出来るのかな」
怨嗟の声を聴き続けた彼女には、この葬具が人間種を憎悪していると同時に、無理矢理な結合を行われたことで苦しんでいることを理解していた。
この葬具の苦しみを取り除いたら、少なくとも自分を蝕む狂気くらいはどうにかなるかもしれない。
自分の行く末を決めきれないイリスは、ふと窓の外に視線を向ける。
閉じられた視界の中に、青く澄み渡り空が広がっていた。
空はどこまでも続いていて、自分の夢も、未来も、何もかもがあの先にあるのではないかと感じられた。
イリスは、悩んだ末に、自分の未来を遮ろうとする窓を開け放ち、バルコニーに飛び出した。
穏やかな優しい風が、イリスの美しい銀色の髪の毛を揺らした。
『お前は、優しく自由に生きるのだぞ』
外の温かさが、幼き日の父の言葉を思い出させた。
しばらくの間、空を見つめていたイリスは、ゆっくりと深呼吸をする。
「──よし!」
決心をしたイリスは、荷物をまとめ、馬に飛び乗り、駆け出す。
騎士たちの制止も振り切り、城の外に飛び出した彼女を、街の人たちが驚いた顔で見つめていた。
彼らの間抜けな顔を見て、イリスはつい吹き出してしまう。
恐らく国民の誰もが、彼女が脱走をするなど考えてもいなかっただろう。
そんな考えの国民たちに笑いが止まらない。
そして何より、こんな簡単に城の外に出ることが出来るのに、今までそうしなかった自分に笑いが止まらなかった。
生まれて初めて、心の底から笑うことが出来た彼女は、国民たちに笑顔で手を振り、走り去っていった。
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