第5話 異世界授業
「──さてと。どこから話そっか」
先ほどいた場所から一時間ほど移動して、二人は森の中にある洞窟に身を潜めていた。
火を起こし、一休みしていると、イリスが先ほどの話を再開した。
「んー……まずはこの世界に存在する種族についてかな」
「確か、十の種族って言ってたよな?」
「そうそう。ちゃんと覚えててえらいぞぉ~?」
「いや、流石についさっき話した内容を忘れてるわけないだろ……」
どことなく馬鹿にされているような気がするシオン。
しかし、純粋に褒めただけのイリスは、特に気にすることもなく話を進めていく。
「まずは、霊魔種(デウス)と精霊種(エルフ)ね。この二種族から、この世界は始まったの」
「創世の二種族ってわけか」
「うん。残りの八種族を生み出したのも彼らだから、本当にその通りなの」
「その二種族には、何か特徴があるのか?」
「んー……あるにはあるんだけど、今話すと混乱しそうだから後で話すね」
水を飲みながら答えたイリスの言葉にシオンは頷く。
「残りの八種族は、霊魔種が生み出した種族と精霊種が生み出した種族に分かれるの。まず、精霊種が生み出した種族は炎を纏いし炎鎧種(ブレイズ)、獣を宿す獣人種(セリアンスロゥプ)、常識から外れたテクノロジーを生み出す機械種(ドール)、そして何の特徴もない人間種(ヒューマノ)の四種族よ」
「人間種は何もないんだ……」
「……残念ながらね」
自分と一番近しいであろう人間種には何の特徴もないということに、何とも言えない悲しさを覚えた。
「……こほん。えーっと……次は、霊魔種が生み出した四種族の話よ。霊魔種が生み出した種族は、全能たる叡智を持つ万叡種(ミーミル)、水に生きる水龍種(アクアノ)、小さき命を踏みにじる巨人種(ユーミィル)、夜を統べる吸血種(ナイトメア)の四種族。これがこの世界に存在する十の種族の説明だけど、分からないところあった……?」
「んー……。大体は分かったけど、結局、霊魔種と精霊種の違いって何だったの?」
「その二種族の違いを話すには、この世界についても話さないといけないんだけど……疲れてない?」
「……だ、大丈夫! まだ行ける……!」
イリスの心配に、シオンは気丈に振舞って答える。
唐突に異世界の飛ばされ、辺りを彷徨い、死体の山を見て、この世界の知識を必死に詰め込もうとしているシオンの体力は、もう限界に近かった。
「だーめ! そんな状態で話を聞いても、頭に入ってこないでしょう? 今日はもうゆっくり休みなさい!」
その見え透いた嘘をイリスは見抜いていた。
無理矢理に笑うシオンの額を、イリスは指でつつく。
「でも……」
「でも、も何もありません! 大人しく寝ないと、ここに置き去りにしちゃうけど……?」
「ね、寝ます!」
嘘か本当かは分からないが、ここで置き去りにされたら、シオンはまた路頭に迷ってしまう。
イリスの脅しに屈する以外の選択肢が、彼女にはないのだから、本当に意地の悪い選択肢だ。
「……おやすみ、イリス。──ありがとう」
でも、その選択肢は、シオンのことを気遣ってくれたものだ。
出会ったばかりの自分の言葉を信じ、優しくしてくれる彼女に感謝し、シオンは眠りについた。
◇
「──おやすみ、シオン。ゆっくり寝てね」
そんなシオンの言葉に、イリスは優しく微笑み、言葉を返した。
そして、彼女を起こさないように、荷物の中を探り、一枚の羊皮紙とペンを取り出した。
「んー……今はここか。大分ルートから外されちゃったなぁ……」
羊皮紙に書かれていたのは、大陸の地図だった。
大陸の名はオルベリア。
精霊種によって創り出された、精霊の加護に包まれた大陸である。
「でも、これだけルートから外れれば、追手にも見つからないかな」
地図に引かれた線にバツ印をつけ、現在地から目的地に向けたルートを選定する。
しばらくの間、頭を悩ませ、最適なルートを模索し続ける。
「よし! このルートなら、遠回りにはなるけど、日数的にも問題ないし、シオンにも負担にならないはず……!」
それから数十分後、納得のいくルートの選定ができたイリスは、小さくガッツポーズをする。
「──っ」
その達成感と同時に、イリスの視界が揺れ動く。
シオンは知らないことだが、あの森での一幕に至るまでに、イリスは移動と死闘を繰り返していた。
シオン以上に、イリスの体力も精神も限界に近かった。
「私も、そろそろ寝た方がいい、かな……」
眩む視界の中、激痛が走る頭を抱え、自嘲気味な笑みを浮かべながら呟く。
『──な、何故ですか……! 何故、あなたが私たちに刃を向け──』
『ば、化け物……! 来るな……来るな来るなぁあぁぁ!!』
『殺せ! 奴はもう裏切り者だ! ここで殺し、その首を王の元に!!』
『や、やめ……やめて……殺さないで──』
朦朧とする意識の中、幾人もの断末魔が響き渡り、揺れる視界の中には、血に濡れた騎士たちが映る。
耳を塞いでも、目を閉じても、逃げられない光景。
その赤く染まった景色の中に、二人の人影が見えた。
『──許さない』
『──絶対に許さない』
『──お前たち、人間の罪を』
『──私たちは、絶対に許さない』
二人は、黒と白の羽根を広げ、イリスを指差す。
怨嗟の炎は、断末魔と共に燃え上がり、彼女の全てを焼き尽くそうとする。
「んー……。それ、オレのケーキ……」
そんなイリスの耳に、断末魔とは違う間抜けな寝言が聞こえてきた。
「え……? ケーキ……?」
聞いたことのない単語に意識を取られ、気が付けば、幻影の断末魔は消え去っていた。
「……ふふっ。変なの」
イリスの苦悩など露知らず、呑気に眠っているシオン。
「ありがとうね、シオン」
涎を垂らしながら眠る彼女の寝顔を見ながら、イリスは微笑み、彼女もまた眠りにつくのだった。
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