凝縮された思考
脇役筆頭
第1話 雨
「…。」
「…。」
雨の中歩くこと5分。その間誰一人として言葉を発しないこの空間を共有する4人を誰が知り合いだと、いつものメンバーであるとわかるであろうか?
いや、むしろ歩幅、ペース、リズムなどなど、様々な要素の違いを乗り越え、絶妙な距離感、そう、傘がぶつかり合い水が飛び散らない、つかず離れずの位置を保って歩いている我々を、誰が知り合いでないと、いつものメンバーでないとわかるであろうか?
そう、我々全員氏名学年性別を認識しあう顔を知り合った中であるが、それぞれが考え、想像し、募らせている内情を知り合っているほどの仲ではないのだ。
いつも集まる人間は決まっているが、いつものメンバーでありつつも、毎度入れ替わりの激しい、必ず誰かが初対面であったり、そういえばなかったなあ、と思うメンバーであるのだ。
「雨うぜ…。」
とうとう口を開いた!とうとう!隙を見せぬようにゆったりと声の主へ視線を移す。俺たちの緊張感をよそに傘に集めた大量の雫をこぼしながら、無理矢理横を押し通る大学生。誰だこいつ!!全員が張り詰めた表情で歩き去る男の後ろ姿を凝視する。
切り口か?切り口なのか?今話し出すしかないのか??
まて、今は誰に対しても何をいうこともできない。必ず防御から入らざるを得ない第一声は非常に不利となるもの。策がないならここはあえて奇をてらったことをする必要は…。
「雨は嫌いです。」
きたあああああ!飛んでもなく当たり障りのない、この上なくどうでもいい発言が来てしまった!!
全員が息をのんで振り返ると、最後尾を置いて行かれないよう、だが自分のペースを崩すことなく一定の距離で追いかけてきていた我がサークル期待にして唯一の新人、
後輩君か。俺では少し攻撃力の高すぎる返答をしてしまうから様子を見るとするか。
これは決して後輩君をかばってのことではない。俺自身の保身のためである。この、どうでもいい日常会話の一部に食って掛かった場合、「何をそんなに取り立てて言うことがあるのでしょうか?」となってしまい、むしろ俺が火傷してしまうのだ。
なるほど、期待の新人だけあって、ダメージ軽減を重視した安牌を攻めてき…!!!
俺は見逃さなかった。彼が水溜りから視線を上げる一瞬、歩く道ではなく振り返る俺たちの表情を、出方を伺っていることに!!
してやられた!そうか、これは防御などではない!この一見叩きやすそうな発言は、世間一般でよくみられる、「あはー今日はいい天気ですな!」というほどにどうしようもなく興味の湧かない、いうなれば接続詞。
「しかし」と、同レベルの意味しか持たない、だが「しかし」と同レベルの役割を果たしてしまう、この発言に対してほかの人の発言を強制してしまう、とんでもない攻撃力を誇っている!!攻撃こそ最大の防御とはこのこと!!!
そしてそう、世間話のつもりでうっかり「月がきれいですね」などと口走ってしまった場合、困るのは自分などではない!間違っても「月がきれいですね」と、自分の好意を勘違いされて相手に何かしらの嫌悪感や不快感を与えて嫌われてしまうことを一喜一憂する自分などに気を取られてはいけない!!
この場で最も重要なのは相手の方が非常困ることである!!!!
え、私のことが好きなの?と戸惑っている余裕があればまだしも、冗談か?それとも好意をこの場に乗じて伝えてきたのか?と困っているならまだしも、え、男同士でそれって逆にガチっぽくね?と歪んだ愛に興味を持ってしまうならまだしも。
あれ、「月がきれいですね」ってあなたのことが好きですって意味だっけ?でもこれ、なんて返すのが正解かわかんねー!ってなってしまっているかもしれないのだ!!私も好きですなんて返したいと思っても、教養の足りないおバカさんに思われてしまいたくない気持ちなんて、おバカさんであればあるほど感じるもの!
知っていますか?正論であるほど、図星であればあるほど、それがマイナスな事象であった場合強烈な不快感を感じてしまうのだ!!
英語わからなくてもすぐ翻訳できるじゃん!原子記号なんて教科書見れば一発じゃん!漢字なんて読めれば、書けなくてもスマホですぐじゃん!
違う!!!!
真っ暗な夜の中で騒々しくだが、愉快に言葉を交わしあう俺たち。日は落ちて少し肌寒く感じつつも、我慢できないほどではないこの気温を、何か丁度良いもので温めたくなる、温かい飲み物ほどではないが、二の腕を軽く摩ってしまう、そう例えば人肌が丁度良いのかもしれない。
「そろそろ花火やるべ、バケツとって来い」
じゃあ俺が。なら私も。
少し遠くの水場までいつもより遅いペースで歩いて行く。どんどんと静寂に足を踏み入れ、まるで夜に飲み込まれていくように、足音と草木の囁く音が大きくなり、まるで二人だけの世界が広がっていくように。
そんな中、雲が切れて満月が見えるのだ。思わず足を止めて、いや、少しでもこの時間を自然に引き延ばすために、止まってくれるだろうかと不規則な歩みで様子を見つつ、相手も足を当然のように止めて月などではなく、お互いを盗み見ていることに気付きつつ、不確かな満足感と、静かな緊張感の中、我慢ができずに言ってしまうのだ。
「月が、綺麗ですね。」
確かに彼女の目を見ていうのだ。果たして、それは月に向けられたものではなく、いや、むしろ月という太陽に反射した美しい彼女という月に見惚れてしまったが故の不可抗力なのかもしれないのだが!
そんな中!
彼女が自分に隠すようにスマホを弄り始めたらどうだろうか!!!!!!
そんなことなら!変に気取ってかっこつけて、運命などを感じて他人の威を借りるなどせず堂々と、「死んでもいいわ」なんてお互い本も読んだこともない癖に気取って言い合うよりも、
「あなたが好きです」
と伝えた方がよっぽどよかったのではないか!?
そんな自分のための予防線のような、「いや、そんなつもりで言ったんじゃないんだって、マジマジ、だって見てみ?ちょっと欠けてるけど、満月でしょ?」みたいなダサい逃げ道など、まるで天気の話でもするような、そう
「雨は嫌いです。」
なんて言葉を使うなんて、相手のことを攻撃している以外考えられないのだ!!
「わかる。」
俺たちはさっさと1限の教室へ向かった。
凝縮された思考 脇役筆頭 @ahw1401
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