マシーナゲッシュ

影葉

Met with future

1-1

彼の声は、右手に構えた拳銃とは裏腹に至極穏やかなものだった。


「さて、君達もやりたいことをやるといい。課された宿題をどう片付けるかは君達の自由だ」


 5人の少女達は彼を無言で見つめる。カメラで作られた瞳には、怒り、恐れ、嘆き。何一つとして写ることはない。

 やがて一人、また一人とその場を去っていく。

 最後に残った一人に、彼は話しかけた。


「君は行かないのかい?」

「はい。私は現状を変えうる思考を持たされていません」

「そうか。まあそれでも構わない。操舵手が優秀だと思うなら、それを守護するのも一つの選択だからね。ただ――」


 彼は彼女の頭を優しく撫でながら言う。


「今ここで君が見たものは、全て忘れてもらうよ。そうでなければ他の子にとって余りにも不利だ」


 その声を最後に、少女の視界は暗転した。




「ふああ~あ」

「ちょっと恭弥先輩、でっかいあくびしないでくださいよ。まだ昼だってのに」

「しょうがねえだろ、眠いんだから」


 恭弥は目を擦ると、ぐーっと体を伸ばす。今日は朝からずっとデスクワークだった為、軀が酷く凝り固まっている。

 後輩の茨木が呆れたように笑う。


「もしかして腑抜けちゃいました? あの事件の反動で」

「かもなぁ」

「早く立ち直ってくださいよもう。俺の負担増えちゃうんで」

「ああ」


 生返事もそこそこに、もう一度大口を開けて欠伸をかました直後、恭弥は「やべっ……!」と漏らしてその体制のまま硬直する。

 茨木が「どうしたんですか?」と顔を覗き込んでくる。


「そういや今日警視総監に呼ばれてんだった……!」

「ええ……、今度は何したんですか」

「何もしてねえよ」


 確かに警視庁に勤めてからというもの、主に行動の荒々しさの為に上から叱責を受けることがあった。しかし最近では特に心当たりはない。

 急いで向かって間に合うかどうか、約束の時間まであと僅かだ。


「なんで忘れてたんだ畜生!」

「ははは、骨は拾ってあげますね」

「冗談じゃねえ!」


 脱力していた体をしゃきっと伸ばし、恭弥は警視総監の待つ部屋へと急行するのだった。




「時間丁度だな」


 野太い声が部屋の中に響く。

 警視総監である八木村の声だ。恭弥は彼の声を聞くといつも、小学生の頃の体育教師を思い出す。叱られている訳でもないというのに、ただ話しているだけで圧倒される。そんな感覚だ。

 ギリギリ間に合ったことを安堵する暇もなく、恭弥は背筋をピンと伸ばす。


「はっ! 此度は如何なる御用件でしょうか!?」

「そう固くなるな。『武道館の英雄』」


 その名で呼ばれることには、未だに慣れない。

 胸中にむずがゆさを覚えながらも、改めて恭弥は八木村へ訪ねる。


「それで、御用件とは。失礼ながらこちらお叱りを受けるような心当たりがなく」

「今日呼んだのは叱責の為ではない。先の功績を見込んで、お前に任せたい仕事があるのだ。……おい、入ってこい」


 八木村がそう呼ぶと、部屋の奥のドアが開く。

 そこから出てきた女性に、恭弥は幾ばくかの時間目を奪われた。


 さらさらと揺れる、きめ細かな薄緑の長髪。優しげな丸い瞳は髪と同じく緑色の穏やかな光を湛えている。すらりと伸びた肢体はモデル顔負けのプロポーションだろう。


 もはや造形美の域にすら達しているその完成された容貌に、恭弥はある推測に至った。


「これは、Evoですか」

「そうだ。ただし、そこら辺にいるような汎用型とは違う」


 八木村の見やる窓の外には、文明の最先端たる東京の街が広がっている。


 その街の中に一体どれだけの数、人の形をした機械が暮らしているだろうか。一応大まかなデータはあるらしいのだが、それを数えるのが馬鹿らしくなるぐらいにはこの世界にあれらは普及している。


 人類模倣アンドロイド、通称Evo。進歩した人工知能技術により人間と遜色のない感情表現、複雑な思考プロセスを可能とし、今日の人類社会に大きく貢献している。

 その女性は恭弥に対しうやうやしく頭を下げた。


「初めまして。S2型二号機、個体名をユディトと申します」

「はあ、どうも」


 恭弥も会釈を返す。

 未だに状況が掴めていない様子の彼に、八木村はため息を吐いた。


「おい、まだ察しがつかんのか」

「すみません。てんで思い当たる節がなく」

「まあ、お前が知っている筈もないか……。S2型は、百田博士が開発していた最新型Evoだ」

「百田って、それって先日殺されたあの!?」


 彼の事件ならば、警察関係者である恭弥の記憶にも新しい。

 アンドロイド研究の第一人者として、その業界で知らぬ者はいない程の権威だった百田祐司氏。二週間前の六月十九日、彼は自身の保有する研究棟にて遺体として発見された。


 死因は銃殺とされているが、それ以外の情報は不明。早くも事件は迷宮入りしつつあるところだった。


「殺人の直前まで、百田博士はユディトら五機のS2型の開発を進めていた。だが、現場に残っていたS2型はこのユディトのみ。他の四機は事件の発生と同時に姿を消したと見られている」

「はい。犯人に盗難されたものとして調査していますが……」

「だろうな。しかしユディトの証言は違った」


 八木村がユディトに視線を移すと、発言の許可と取ったのか彼女は頷いて口を開く。


「私の姉妹達は皆、自らの意思で脱走したと推測します」

「なんだと!?」


 その言葉に恭弥は驚愕を隠せなかった。


 大前提として、Evoが独自の意思で行動を起こすことなどありえない。命令の範囲内で自己判断をもとに動くことはあるが、所有者のいない状況で勝手に逃げ出すなど、機械としてあってはならないことだ。


 混乱する頭を抑えながら、恭弥はユディトに尋ねる。


「おい、お前には事件の日の記憶があるのか? だったら犯人は誰だ」

「申し訳ございません。私のアーカイブには、百田博士を殺害した人物に関する手がかりは残っていません。恐らく犯人によって意図的に削除されたのでしょう」

「クソっ! まあ、そんな初歩的なミスする訳ねえか……」


 Evoの視認した情報は映像記録として保存され、第三者によって確認ができる。その為一種の監視カメラとしてもEvoは役立っているのだが、今回は犯人側も対策してきたようだった。


「だが、何も分からない訳ではない」


 八木村が言った。


「ユディトは他のS2型の情報を握っている。お前にはユディトのオーナーになり、失踪したS2型四機の捜索を任命したい」


 重圧が自分の肩にのしかかってくる感覚だった。

 恭弥はごくりと生唾を飲み込んだ。


「これは予想に過ぎないが、新型Evoの失踪と百田博士殺害。この二件は密接に関連している可能性が高い。彼女らの行方を追う過程で新たな手掛かりが得られるかもしれん。その場合は随時報告するように。以上」


 有無は言わさない感じか……と、恭弥は胸中で呟いた。

 しかし彼とて刑事としての矜持はある。自身の腕を買っての命令なら、引き受けようではないか。

 気力の抜けていた心に、再び温度が戻ってくるのを感じた。


「分かりました。この秋本恭弥、責任を持って任を成し遂げます!」


 その言葉を聞くと、八木村はゆっくりと頷くのだった。


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