煙管の飴が降るようだ

@Nadd

ある晴れた日に

 時刻は午前7時を過ぎた頃、やわらかな春の日差しとは裏腹に少し肌寒い空気が街を包んでいた。街路樹が色づき出す4月の朝だった。会社や学校へ向かう人々の雑踏が聞こえ出す、そんな1日の始まり。しかし、そこには1日の終わりを迎えた男がいた。とある警察署の裏口を出たところにその男は立っていた。皺ひとつない真っ白なスリーピースのスーツ、撫で付けられた金髪に白磁のような肌。真っ赤なアイシャドウが端正な顔立ちをさらに際立たせていた。彼の名は東雲祥貴。欲望と陰謀渦巻くこの街で真っ当な正義を貫く敏腕刑事であった。堂々とした振る舞いと自信に満ちた言動に違わぬ実績を持つこの街では名の知れた男なのであった。ところがこの日はどこか様子が違った。大きなヤマがあり、連日連夜仕事に明け暮れていた彼には疲労の色が見えた。もちろんそれを人前で見せることはなかったのだが、1人となれば話は別だった。高級そうなネクタイを少し緩め、少しだけ目を閉じる。

(流石に少し疲れたな。しかし、この街の悪徳を無くすには気弱なことは言ってはいられないな)

そのようなことを考えながら懐から筒状のケースと源氏香が刺繍された煙草入れを取り出した。彼の休息時のささやかな楽しみであった。ケースを開け、中に入っていた電子煙管を取り出す。延べ煙管のような形に精緻な彫物が施されたデバイスは繊細な祥貴の指によく似合っていた。彼は慣れた手つきで煙草入れからカードリッジを取り出し、火口の部分へ装着をする。流麗な指遣いは見たものをどきりとさせるような動作であった。そしてゆっくりと口に咥え、息を吸う。華やかな香りが鼻を抜け、煙草独特の甘みが肺を満たしていく…はずだった。

(どしたのだろうか。昨晩の一服のときは問題なく動いたはずなのに)

一連の流れをもう一度行い、改めて吸ってみるが結果は変わらなかった。

(全くこんな時に…)

眉間に指を当ててゆっくりと天を仰ぐ。まるで彫刻のような、映画のワンシーンのような絵面だか、周りには誰もいなかった。祥貴は少し思考を巡らせる。たどり着いた結論はあまり望ましくないものであったが背に腹は変えられぬと思い駐車場へ向かって歩き出した。彼の晴れぬ心とは裏腹に雲一つない晴天であった。


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