第7話 チャーコとユキナ

「サバオとキジタロー、どっか行っちゃった……」

 ユキナちゃんは深いため息を吐きながら、肩を落とした。

「惚れ薬使ったら、あの二匹ふたりも私に懐いてくれると思ったのになぁ……」

 その言葉に、僕の胸がうっすらと重くなる。

「ぼ、僕は! ユキナちゃんのこと大好きだよ!」

 意を決して叫んだ僕を、ユキナちゃんはまじまじと見つめてくる。そして、プッと吹き出した。

「ねぇ、チャーコ……なんでそんなへんてこなTシャツ着てるの?」

「えっ⁉」

 お腹を抱えて大笑いしているユキナちゃんに指摘されたのは、僕が着ている白いTシャツだ。

 中央にでかでかと、“ネコ(茶トラ)”とプリントされている。正直、センスのかけらもないデザインだ。

 僕は急に恥ずかしくなってきて、べそをかいた。

 サバオさんはブルーのストライプシャツ、キジタローさんは暗めの色の和服を着ていた。どうして僕だけ、こんな服なんだ。不公平だ。

「あ、ごめん、チャーコ……笑い過ぎた……」

 ユキナちゃんは、膝を抱えて落ち込んでいた僕の頭をそっと撫でた。

「う、うん、大丈夫……ありがとう……」

「あーあ、でもチャーコだけだよ、私と遊んでくれるのはさぁ……なんでサバオとキジタローは、私に冷たいのかなあ?」

 ユキナちゃんは僕の前に座り込みながら、首を傾げた。

「僕は、譲渡会でユキナちゃんと目が合ったから……」

「うん。あの時は、運命だ! って思ったよ!」

 ユキナちゃんはにっこりと笑った。

 僕の胸がキュンとなる。

「サバオさんは昔、沢山の人間の子ども達に囲まれて、怖い思いをしてるんだ」

 僕はユキナちゃんに、昔サバオさんから聞いた話を伝えることにした。人間の姿でいられる三十分の間に、言っておかなくちゃ。

「怖くて、誰か助けて! って思ってたところに現れたのが、サツキちゃんなんだ」

「……それ、お姉ちゃんがサバオを拾った時の話?」

「うん。キジタローさんも同じなんだよ。元は人間に飼われていたけど、沢山兄弟が生まれて飼いきれなくなって捨てられたんだって……」

 さっとユキナちゃんの顔色が変わった。

「知らなかった……そっか、だからあの二匹ふたりはあまり人間が好きじゃないんだ」

「うん……猫も人間も、そうしてしまうことには理由があるんだよ。だから、わかって欲しいな」

「うん……」

 ユキナちゃんは、少し落ち込んだような表情かおで頷いた。

「ユキナちゃんなら、自分の思いをぶつけるだけじゃなくて、相手の気持ちを考えることもできるよね? 僕はいつも、にゃーしか言えないから……サバオさんとキジタローさんのこと、伝えられて良かったよ」

「チャーコ!!」

 ユキナちゃんは叫んで、僕にしがみついてきた。

 僕は、僕より小さい体のユキナちゃんをぎゅっと抱きしめる。

「……チャーコの匂いがする……」

 ユキナちゃんは、ぼそりと言った。

「ふふっ、だって僕はチャーコだもの」

「うん……チャーコ、ありがと……大好きだよ」

 僕もだよ。あぁ、ユキナちゃんは、いつまで僕を甘えさせてくれるかなぁ……

 鼻先を、ユキナちゃんの頭にそっとつけて、息を吸ってみる。

「なんで、頭の匂い嗅ぐの?」

 ユキナちゃんが変な表情かおをしている。

「えっ、いや、猫だから?」

 なんとなく、いけないことをしたのかもしれない、と僕は少し焦った。

「……ちゃんと毎日洗ってるよ」

「うん、いい匂いがしたよ!」

 あっ、良かった……嫌われてない……

「私、サバオとキジタローを追いかけるの、もうやめる……その分、チャーコと遊ぶことにする」

 ユキナちゃんが真直ぐに僕の目を見て言った。

「本当? すっごく嬉しい!」

 僕の胸はどきどきして、顔がポカポカと熱くなる。

 ……三十分……僕は、なかなか濃厚な時間を過ごせたと思う。

 サバオさんとキジタローさんは、どうだったかな?

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