第2話 おっさん、姪のJKと再会する

 涼子おばさんからだ。こんな夜中になんだろう?


『こんな夜にごめんね。系くん、元気?』

『元気だよ。いったいどうしたの?』


 壱色涼子(いっしきりょうこ)、母方の叔母さんだ。


『実はね……家の庭に、大きな穴が空いたの」

『大きな……穴?』

『ちょっと覗いてみたんだけど、中に階段があって……』


 それって、まさか……?


『庭に……ダンジョンができたの?』

『ああ! やっぱりダンジョンなのね!』


 涼子おばさんの叫び声に、俺は耳を抑えた。

 涼子おばさんは昔から大げさで、声がデカかった。


『もし本当にダンジョンなら、役所の人を呼ばないと』

『そうよね。明日、役所の人を呼ばないといけないんだけど、あたし仕事が入ちゃったのね。急にシフトを変わらないといけなくなちゃって……』


 涼子おばさんは病院で、看護師として働いていた。


『だから明日、うちに来て役所の人を呼んでほしいの』

 明日は土曜日だけど、午前中なら市役所は空いていた。

『わかりました。明日、朝おばさんちに行きますよ』

『ありがとう! やっぱり系くんは頼りになるわ。ひまりも系くんに会いたがってるし』


 壱色ひまり。涼子おばさんの娘で、高校1年生だ。


『俺もひまりちゃんに会いたいです』


 ひまりとは子どもの頃、よく涼子おばさんの家で遊んでいた。

 すごく明るくて元気な子で、いつもたくさんの友達に囲まれていた。ひまりと一緒にいると、俺も気持ちが明るくなった。


『よかった……系くん、ひまりをお願いね』


 涼子おばさんの声は、少し震えていた。言いよどんでいるような、何かを隠しているような声だ。


『どうしたの?』

『……ううん。なんでもないの。夜中に本当にごめんね。明日はよろしくお願い』


 電話は切れた。

 ……どうやら、ダンジョンが庭にできたこと以外に、壱色家には何か問題があるようだ。


「すーすー」


 スライムが俺の膝の上で寝ていた。

 寝顔もかわいいな……

 あ、そうだ!

 俺は明日、スライムを連れて行けばいいんだ。

 庭のダンジョンに、スライムを放してやればいい。まさに一石二鳥ってやつだ。


「よおし! 明日にもう寝るか」


 俺は眠っているスライムをタンスに仕舞った。


◇◇◇


「ううん……く、苦しい……」


 朝、俺が目覚めると、


「……うわ!」


 スライムが俺の胸の上にいた。


「ぎゅるるる!」


 なんか昨日より元気になっている?

 俺はスライムに懐かれてしまったらしい。

 かわいいな……ぷにぷにしてすげえ気持ちいい。触っているだけで癒される。

 ……ダメだダメだ。懐かれたら別れが辛くなってしまう。


◇◇◇


「おはようございます。系一郎です」

「おはよう! 早く来てくれて嬉しいわ」


 ここは壱色家だ。

 昔と全然変わってない。玄関にある木彫りの熊もずっと子どもの頃のままだ。


「そのバックは何? これから旅行にでも行くの?」


 涼子おばさんは俺の持っていたボストンバックを指さした。


「あ、これは、その……もしダンジョンだったら危険だから入口を塞ごうと思って」


 俺はとっさに嘘をついた。

 実はボストンバックの中に、スライムを隠してきた。


「そうなの……」


 涼子おばさんは怪訝な顔をした。


「ほら、ひまり! 系くんが来たわよ」


 涼子おばさんの後ろから、少女がひょっこり顔を出した。

 ストレートの長い黒髪と、茶色がかかった大きな瞳。

 あどけなさが残っているけど、顔は大人びている。

 間違いなく、俺の姪っ子のひまりだ。


「ちゃんと挨拶しなさい」

「……おはよう……ございます」


 まるで蚊が鳴くような小さな声だ。

 子ども頃のイメージと全然違っていたから、俺は心の中で驚いた。


「久しぶりだね。ひまりちゃん」

「うん……そうだね……」


 ひまりはうつむいた。

 あれ? もしかして俺、嫌われてる?


「そろそろ行かなくちゃ! 系くん、後はよろしくね」

「ちょっと待って――」

「行ってきまーす!」


 風のように涼子おばさんは家から出て行った。

 この気まずい空気の中、ひまりと2人きりなんて……


「ケイ、お兄、ちゃん……こっち来て」


 俺はひまりにリビングへ通された。

 リビングも子ども頃のままだ。

 ブルーのソファも、壁にかけられた虹のパズルも、全部昔と変わっていなかった。

 ただひとつ、変わったのは――


「……お茶、です。どうぞ……」


 ひまりは俺に、緑茶を出してくれた。

 俺と目を合わせようとしない。ずっと下を向いて、身体を震わせていた。まるで人を、怖がっているようだ。

 かつての天真爛漫なひまりは、どこに行ってしまったのだろう?

 俺もひまりと相対して、緊張してきた。


「ひまりちゃんは今年、高校生になったんだよね。学校は楽しい?」


 学校、という言葉を聞いて、ひまりはピクっと身体を震わせた。


「……楽しい、かな?」


 ひまりは作り笑いを浮かべた。

 どうやら聞いてはいけないことらしい。

 地雷を踏んでしまった。これ以上聞いてほしくないというオーラが全身から出ている。

 話題を変えないと……


「あの写真、まだ飾ってあるんだね」


 俺は棚の上に置いてあった、写真を指した。

 昔、ひまりと一緒に行った牧場の写真。

 ひまりが7歳の時だから、もう9年前だ。

 千葉にある大きな牧場で、牛をバックに俺とひまりと涼子おばさんが写っている。

 ひまりは、天使みたいなとびっきりの笑顔を見せていた。


「うん……」


 ひまりは俺から目を逸らした。


「牧場、楽しかったよね。また一緒に行きたいね」

「……っていうか、ケイお兄ちゃん。早く役所の人呼んでよ」

「あ、そうだね。じゃあ電話するわ」


 俺は席を立って、市役所に電話しに行った。

 ひまりは俺と話したくないのかな……俺がすっかり、くたびれたおっさんになったからか?


『――そうなんです。実は家の庭に、ダンジョンらしきものができて……』

『わかりました。では、これから職員がご自宅に向かいますので――」


 電話を切った後、


「きゃああああああああああああ!」


 背後から悲鳴が聞こえた。

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