おじさま!愛してます!
しろた
おじさまとスコーン
軽い足取りで王宮へ向かう。今日は婚約者の殿下(名前など忘れてしまいましたわ)から週に一度の呼び出しの日だ。外面だけを保った逢瀬。くだらない。それでも私はこの日がいつも待ち遠しかった。
「ギルバート様! お元気でした?」
挨拶も早々に、ギルバート様――王子の叔父様にあたるかただ――がいらっしゃる部屋へ乗り込む。私の目的は、愛おしいギルバート様に会うこと。顔も名前もおぼろげな男との逢瀬など5分程度で済ませて、家のものが迎えにくるまではギルバート様とお茶会をする。
踊っているようにステップを踏みながら、ギルバート様へ駆けよる。さぁ、貴方のフィオナが来ましたよ! 抱き締めて! と両腕を広げれば、ギルバート様は大きなため息をついた。あら、どうしたのかしら。
「なんで来たんだい?」
そんなことでしたのね。私、ギルバート様のあきれ果てた声も好いておりますの。
「ギルバート様にお会いするためです」
週に一度しかない貴重かつ政務で多忙極めるギルバート様とお会いできる時間。私、この好機を逃すほどのお馬鹿さんではありませんのよ?
「君と私は他人のはずだが?」
一見、私を突き放すようなギルバート様のお言葉だが、私にはそれが形式張ったやりとりであることを知っている。だってこの前も言われたのだもの! だから私も先週と同じ答えを言う。
「まあ! 私たちは将来的に叔父と姪の関係でしょう? 未来の叔父様に、少しでも愛されたいと思う乙女心をどうかお察しになって」
少しだけ開けた口を両手で隠し、驚いた! という白々しい反応をしたあとにその手を頬にあてる。後半の言葉は、もちろん本当に思っている。
「愛、ね……」
ギルバート様はまたため息を吐いて、どこか遠い目をして呟いた。もしかして私の想いを疑っていらっしゃるのかしら。それは、少し悲しいわ……。もっと愛を伝えないとだめね、と私は心の中で決意をした。
「一先ずは君の好きな茶葉で紅茶でも飲もうか」
「はい!」
ギルバート様は当然のように手を差しのべて私を、ティーセットとスコーンが用意されているテーブルまでエスコートしてくださった。私がここへ来ることは想定済みで、すでにお茶会の準備がされていることについ笑顔になってしまう。それに好きな茶葉まで用意してくださっているなんて、これで喜ぶなというほうが無理な話だわ。今度は私が紅茶にあうお菓子を持ってこなくてはね。ソファーに座ったところで、私は視界に入ったスコーンに息を飲んだ。
「このスコーンは……!」
一目見て気付いた。かわいらしいお皿に置かれているスコーンは、最近学園で流行りになっているものだ。噂話では、小さな個人経営の洋菓子店が作っており、一日……何個だったかしら? とにもかくにも少ない数しか作れないらしい。そのため、スコーンを買うには朝早くからお店に並ばなければならず、幻のスコーンとまで呼ばれている。それが今、私の目の前にあるのだ。
「巷で有名と聞いてね。気分転換に買いに行ったんだ」
心なしか照れ臭そうにおっしゃるギルバート様に対し、曲がりなりにも王弟殿下とあろう方が直々にですって?! と彼のお言葉に衝撃を受ける。ギルバート様はお人柄の良さから貴族よりも商家の人間や平民の人間に人気があると聞いた覚えはあるけれど、そこまで距離が近いということなのかしら。なんて素敵な方……とついうっとりとギルバート様を見つめてしまう。
「前にフィオナはスコーンが好きだと言っていただろう? だから今日のお茶菓子はこれがいいだろうと思ったんだ」
美味しかったらまた買ってくるよ、とギルバート様は言葉を付け足す。
「つ、次は私が買っていきます!」
いくらどんなに嬉しくとも、ギルバート様に二度も朝から洋菓子店に並んでスコーンを買っていただくなんてことできない。ギルバート様はとてもお優しいかただから、自分の代わりに従者に並ばせたり、王族の特権を振りかざし無理矢理スコーンを購入するかたでもない。ギルバート様のお手を煩わせたくない私は、勢いよくそう答えた。するとギルバート様は少し困ったように笑い、
「私が行きたいんだ」
と言った。ギルバート様……、もしかしてスコーンを買いに行くことで気分転換をされたいのかしら? 多忙だとは重々理解しているつもりだったが、こうも理由がないと自由な時間も作れないなんて……。しかし私も公爵令嬢としての矜持がある。黙って甘えるわけにはいかないわ。
「なら、次は二人で買いに行きましょう? そしたら並んでいるときもお話ができて、私はとても嬉しいですわ」
「えっ?」
「え?」
我ながら妙案を提案すれば、ギルバートは驚くという予想外の反応をなさった。驚かれると思っていたなかった私は、ついギルバート様の言葉をおうむ返ししてしまった。
「フィオナは、このスコーンのことを知っているのかい?」
「はい。巷で幻のスコーンと呼ばれているものですよね?」
「朝早くから並ばないと買えないことも?」
「はい。学園でよく話を聞きますので」
「食べたことは?」
「ありませんわ」
一問一答のようなやりとりをしていると、だんだんとギルバート様の顔色が悪くなっていく。私、ギルバート様を不快にさせるようなことをしてしまったのかしら……。
「……」
「……?」
無言になってしまったギルバート様を、私も無言でみつめる。どうしましょう。何を言ったらいいのか皆目検討もつきませんわ。
「……そうだね! 今度は二人で買いに行こう」
「はい! ギルバート様とのお出かけ、楽しみにしていますわ」
ひたすらどうしましょうと悩んでいたところ、ギルバート様が元気よく提案をしてくださった。ギルバート様の魅力的な提案に私も元気よく答えた。ギルバート様とのお出かけ、本当に楽しみだわ!
いつ行こうかしら? ギルバート様に会うために殿下に会う必要がないなんて素晴らしいわ! あぁ、お洋服はどうしましょう。普段着ているドレスでギルバート様の隣を歩いても大丈夫かしら。家に帰ったら侍女のミアに相談しないと!
「ほら、早く食べよう。紅茶が冷めてしまう」
色々なことを考えていたら、ギルバート様が紅茶を淹れてくださった。
「はい」
温かい紅茶に口をつければ、思考が落ち着いた。これからのことは、ギルバート様と相談しながらゆっくり決めましょう。
スコーンを食べようとしたら、テーブルのどこにもナイフとフォークがないことに気付いた。ギルバート様が用意し忘れるなんてことはありえない……と思っていたら、ギルバート様が私の前にあるスコーンを手に取った。
「ここには君と『僕』しかいないのだから、マナーなんて忘れてしまおう」
『私』ではなく『僕』と言ったギルバート様の言葉に、私は小さく微笑む。
「…………そうですね。」
彼が自身のことを『僕』と呼ぶのは、私の知る限りでは二人でお茶をするときのみだ。公務の際や、ご家族のかたとの会話のときですらギルバート様は己のことを『私』と言う。私とのときだけ、私はその特別が嬉しくてしかたがく、つい笑みを浮かべてしまうのだ。
「そうだ、スコーンとは一般的にこう、真ん中を割って食べるものらしいよ」
誰に対してでもないがちょっとした優越感に浸っていたら、ギルバート様がお行儀悪くスコーンを掴んだと思ったら、瓶の蓋を開けるときのようにスコーンをねじった。元々凹んでいたスコーンは真ん中から二つにきれいに分かれる。手が汚れてしまうことは嫌だったが、厚みが半分になったスコーンはとても食べやすそうだと思った。ギルバート様の真似をしてスコーンを半分にわり、一口スコーンをかじる。
「どうかな?」
不安そうに私を見るギルバート様へ、私は「とても美味しいです!」と答えた。今まで食べたことのない軽い食感と、ほどよい甘さと塩気に一口、また一口とスコーンを食べる手が止まらない。
「フィオナに気に入ってもらえてよかったよ」
「んぐっ」
ギルバート様のお声を聞いて、一心不乱にスコーンにかぶりついていたことに気付く。私ったらなんて見苦しい真似をしたのかしら! しかも間抜けな声まで出して、恥ずかしいことこの上ないわ!
なんていいわけをしたらいいのか、まずいいわけをすることがよくないのかと思慮していると、ギルバート様が朗らかに笑った。
「フィオナが僕を忘れるほど美味しいとは。どれ、僕もいただこうかな」
まあ、ギルバート様ったら! 私がギルバート様のことを忘れるわけがないというのに、なんて意地悪なお方!
「うん、美味しいね」
私をからかいながらスコーンを一口食べたギルバート様は、紅茶を飲んだあとに素敵な笑顔を私へ向けて言った。私、その笑顔だけで紅茶が飲めてしまいそう!
「ギルバート様、紅茶のおかわりはいかがですか?」
ティーコゼーから取り出したまだ温かいティーポットを持ち上げそう問えば、ギルバート様は空っぽになったティーカップをこちらへ差し出した。
「フィオナが淹れてくれるのなら、いくらでも」
砂糖より甘いその微笑みは、私には何物にも替えがたいお茶菓子だった。
ギルバート様と談笑をしながらお茶を飲んでいたら、乾いたノックの音が部屋に響いた。
「フィオナ公爵令嬢。スチュールズ家の者が迎えに来ました」
楽しい時間はあっという間。スチュールズ家――つまり私の家の迎えがきたようだ。まだギルバート様とお話をしていたいと思うけれど、彼にはしたない姿を見せるわけにはいかない。濡れたタオルで手を拭いてから、私はソファーから立ち上がり、ギルバート様のエスコートを受け部屋のドアへと向かう。
「それでは、ギルバート様。ごきげんよう」
以前ギルバート様に美しいと褒められたカーテシーをして別れの挨拶を告げれば、ギルバート様は柔らかく笑っていった。
「それじゃぁ、また」
呆れたようになぜ来たのか聞くけれど、『また』を許してくれる。私、貴方のそういうところを愛してやまないの!
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