シンスフォース・レイト・ナイト

冬槻 霞

第0話 プロローグ

―――その夜、私は天気輪の柱の下で約束を交わした。

 遍く星々を湛えた夏の夜空は、蛍が舞う湖面に彩度を落とすことなく鮮やかに反射している。落ちてきた流れ星は湖の水際に当たると、光の粒すら残さずに消えてしまった。

「自分を大切にすると、誓えるかい?」

 上下に両立する夜空の真ん中で、私と彼女は向かい合って立っていた。星々に囲まれたこの場所における対話は、まるで神様と喋っているような厳かな気持ちにさせられた。

「うん」

 でも、神様と喋っているという形容もあながち間違いではないのかもしれない。

 だって私にとって彼女は――トリシエラは親であると同時に、神様のような存在なんだから。

「道徳心を麻痺させないと、誓えるかい?」

「うん」

 トリシエラからの厳粛な問いに、わたしは即座に頷いた。

 星々の輝きを放つトリシエラの『夜空』のローブからは、六本の腰帯が伸びている。それらは翼を羽ばたかせるように静かに揺曳していて、その壮麗な姿に私はヨダカを幻視した。

あの『夜空』をもうすぐ自分が受け継ぐと考えただけで、心は堅く、高揚感で軽くなった。

 私以上に覚悟を決めたように、トリシエラは敢然とした表情で問う。

「誰かの痛みを自分のものとして感じ続けると、誓えるかい?」

「うん!」

 これが最後の質問だと予感した私は、大きな声で返事をした。

 トリシエラは子どもの我が儘を受け入れるような、穏やかな苦笑を浮かべて私を見た。

「いいだろう。私が君に『夜』を継ごう。いつの日か、戦争が終わる日が昇るその時まで、世界の片側を統べる『夜』でいられるように」/

 彼女の腰から伸びる、『夜空』が投影された腰帯が私の胸に優しく触れた。

 そうして私は、魔女を狩る魔女―――異端審問官インクイジターになったのだ。

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