第16話 兄の呼び方は何が一番萌えると思う?

「なあ、ハル」


「んー?」


 今日も今日とて暇を持て余して俺の部屋で漫画を読んでいた夏川が唐突に呼びかけてきた。


「彩音ちゃんって昔からハルのことをお兄さんって呼んでたのか?」


「どうした急に」


 脈絡が無さ過ぎるだろ。


「天才はいるな、悔しいけど!いや、この漫画に出てくるキャラが兄のことをお兄ちゃんって呼んでてな。ふと気になって」


 そう言われて過去を振り返ってみる。


「確か昔はお兄ちゃんって呼んでた気がする。高学年になったくらいからお兄さんだったかな」


 昔は無邪気で可愛いかったのに今では生意気になってきちまって…。


「ところで兄や姉の呼び方って色々あるよな。たまには違う呼び方されてみたくはないのか?」


 俺が昔を思い出して涙を堪えていると夏川が変なことを言い出した。いつものことだけど。


「違う呼び方って例えば?」


「ハル兄♪」


「吐きそう…」


 何が酷いって♪が酷い。夏川にそんな呼び方されると一瞬で気分が悪くなった。


「大丈夫ですかお兄様?トイレ行きます?」


「さっきよりはマシだな。つーか口調変えるな」


「そうは言うがな兄君。やはり口調に合った呼び方があると思うのだよ。この口調でにぃに♪とか言ったら気持ち悪いだろう?」


「お前に兄と呼ばれる時点で気持ち悪いんだけど」


「お労しや兄上…」


「やかましい」


 確かに兄や姉の呼び方って色々あるよな。弟や妹の呼び方はほとんどないのに。名前の他は弟君や愚弟くらい?


 俺がそんなことを考えていると夏川が居住まいを正し、なぜかゲ○ドウのポーズをとって真顔になった。


「ふむ。ハルよ、兄の呼び方は何が一番萌えると思う?」


 夏川がここ最近で一番真剣な表情をして俺に問い掛けた。


「そうだな……個人的にはにーちゃが一番萌えると思う。異論は認める」


 俺もここ最近一番真剣な表情で答えた。


「流石だブラザー!良いセンスだ!だがオレはにいさまが一番だと思う!平仮名なのがポイントだ!」


 真顔で頭の悪い議論をする俺達。今日も世界は平和です。


「おにぃも捨て難いな。舌足らずな感じで呼ばれたい」


「シンプルに兄さんも良いとは思わないか?ある程度成熟してきたらやはり漢字で…」


「やはり呼び方だけでなくキャラにも拘るべきだと思う。ダウナー系だけど実は甘えん坊な妹ににーちゃと呼ばれて甘えられたい」


「それならオレは背伸びして大人ぶって清楚に振る舞おうとする妹ににいさまと呼ばれたい」


「姉ならやはりねーちゃやねぇねがいいな」


「ハルは幼い子がするような呼び方が好きなのか?お姉様とかは?」


「そう聞くとキマシタワーが先に来る」


 そんな感じでしばらく夏川と議論していた。男ってバカだよね。


「こうやって話していると実際に呼ばれたくなってくるな」


「そうだな。夏川に呼ばれたところで嬉しくない」


「オレもハルに兄様って呼ばれても嬉しくない」


 ちなみに兄様と書いてあにさまと読む。にいさまもいいがあにさまも素晴らしい!とは夏川の言。


「やはり野郎じゃなくて女の子に呼んでもらうか」


「ここには俺と夏川しかいないけどどうすんだ?」


「呼ぶ」


 そう言って夏川はスマホを取り出した。






___________________________




 バタバタと階段を登る音が聞こえたと思ったら勢いよくドアが開けられた。


「呼んだか⁉︎この私を!」


「呼ばれて飛び出て参上なのです!」


 夏川が電話してしばらくすると小学生二人がやって来た。ちなみに夏川が電話したのは小唄ちゃん。彩音はスマホを持っていないが小唄ちゃんは持っている。今日は一緒に遊んでいたらしい。


「よく来たな妹達よ!待っていたぞ!」


「妹…?」


「夏川おにーさんは私達の兄だったのですか⁉︎」


「趣旨説明してないのかよ」


 夏川が電話し始めた時にトイレに行っていたのでなんと言って彩音達を呼び出したのかは知らない。というかよく考えてみると兄と呼んでもらう為に小学生を呼び出すってヤバくね?


「飴ちゃんあげるからおいでって言ったら来たぞ」


「怪しいおじさんか」


 それでホイホイやってきたこいつらの将来が心配だ。


「むっ!私達はそんな安い女じゃないのです!」


「流石に飴ちゃん程度で釣れると思ったら間違いだよ」


「なんだ冗談か。そこまで安い女じゃなくて安心したわ」


 本当に飴ちゃんに釣られてやってきたのだとしたら説教もんだ。


「本当はカステラに釣られてやってきたのです」


「充分安いわ」


 やはり将来が心配だ。俺達が呼び出したということからは目を逸らす。






_________________________________




「結局何の用なの?妹がどうとか言ってたけど」


 夏川が手土産に持ってきていた少しお高いカステラを食べながら彩音が聞いてくる。


「食べカスついてんぞ。呼び出した理由はちょっと色んな兄の呼び方をして欲しかったからだ」


「やっぱりへんたいさんなのです?」


 冷静になってみるとなんて酷い理由で呼び出してんだ。


「ふっ!なんとでも言うがいい!だが君達はすでにカステラを食べている!つまり対価を受け取っているのだ!これでもうこちらの願いを断れまい!」


「なっ⁉︎嵌められたのです⁉︎」


 のんきにカステラを食べていた小唄ちゃんが驚いている。でもカステラを食べる手は止めない。ずぶといな。


「さあリピートアフターミー!お兄様!」


「夏川お兄様?」


「夏川おにーさま?」


「尊い…!」


 お兄様と呼ばれて嬉しそうな夏川。人生楽しそうだな。


「だが苗字なのがマイナスか。今度は下の名前で呼んでくれ!」


「下の名前?」


「えーっと……分からないのです」


「ガーンだな⁉︎」


 一応初対面の時に名乗ってた気がするが彩音と小唄ちゃんは覚えてないらしい。


「こいつの下の名前はな……しゅ……しゅう……忘れた」


「ハルもかよ⁉︎」


「いや、誰も下の名前で呼ばないから忘れた。もういいじゃん夏川変態とかで」


「よくねぇよ⁉︎」


 どうでもいいけど親戚の爺さんとかの名前って知らないことない?誰も名前呼ばずに爺さんとかお爺さんって呼ぶから知る機会ないし、わざわざ聞くこともないから分からないままってことが。


「友人を親戚の爺さんと一緒にするなよ!夏川秀治だよ!」


「へー」


「そうなんです?」


「そういやそんな名前だったな」


「反応が薄い!」


 ぶっちゃっけ夏川の名前とか興味ないし。夏川は夏川だろ?


「後半のセリフは別の機会に聞きたかった。そして前半は聞きたくなかった……」


 夏川が凹んでいるがすぐに回復するだろう。こいつメンタル強いし。


「よし、次は俺のリクエストに応えてくれ」


「えー?お兄さんもー?」


「なんだ?夏川のリクエストには応えたのに俺はダメなのか?」


 内心ウキウキでリクエストしようとしたら彩音が嫌そうな顔をする。


「お兄さんはお兄さんじゃん。今更違う呼び方するのはちょっと恥ずかしい」


「なら俺のことをにーちゃって呼んでくれたらこのちょっとお高いどら焼きをやろう」


「にーちゃ」


「にーちゃ!にーちゃ!」


 嫌そうな顔をしていたくせに即答である。小唄ちゃんは連呼してるし。現金な奴らだ。


「もっと兄の興味を引いて構ってもらおうとする甘えん坊な感じで!」


「しゅちゅえーしょんにまで拘り始めたのです⁉︎」


「シチュエーション」


「しゅちゅえーしょん」


 ちゃんと言えてない。


「ヤバい…かわいい…!」


 復活した夏川が悶えてるのが視界の端に映ったけど無視。かわいいのは同意だけど自分の身を抱きしめて悶えている夏川はキモい。


「ねえねえ」


「ん?」


 夏川に気を取られていたら彩音に袖を引かれた。どうした?


「今度はお兄さんが私のことをお姉ちゃんって呼んでよ」  


「えー」


 なにかと思ったら彩音がそんなことを言い出した。正気か?


「いいじゃん、私達もいろんな呼び方してあげたんだからさぁ」


「それを言われると痛いが…」


 まあ俺達だけしかいないし別にいいか。もし他人に見られでもしたら頭の心配をされそうだ。


「……お姉ちゃん」


「もう一回!」


「彩音お姉ちゃん」


「うん!彩音お姉ちゃんですよ〜」


 高校生が小学生をお姉ちゃんと呼び、その小学生に頭を撫でられている。なんだこれ?


「おにーさん!次!次は私の番なのです!」


「小唄ちゃんもかよ。おねーさんとでも言えばいいのか?」


「私のことはママでお願いします!」


 笑顔でとんでもないこと言い出したよこの子。


「…………………小唄ママ」


「もっと甘えるような感じで!」


「ママ〜!」


 何やってんだろう俺は。


「はい!ママなのです!」


 俺が黒歴史確定の現状から現実逃避していると笑顔の小唄ちゃんが俺の頭を抱きしめた。そのままあやすように頭を撫でられる。


今の俺は小学生の胸元に顔を突っ込んで頭を撫でられるという通報待ったなしの状態だ。




 あー!困ります!お客様!あー!あー!お客様!困ります!あー!お客様!お客様!あー!あー!困ります!お客様!あー!



 夏川に助けを求めようとしてふと気付く。夏川なら今の俺を見ると騒ぎそうなものだが黙ったままだ。疑問に思って夏川の方を見る。


「………」●REC


そこにはスマホを構えた夏川がいた。


「やだ、面白い動画が撮れちゃった…。吉崎と氷上に送ってやろう」


「やめろバカ!」


 慌てて小唄ちゃんの腕の中から抜け出して夏川からスマホを奪おうとするがひらりと躱された、くそっ!こんな時にスペックの高さを披露しやがって!


「そう怒るなよハル。小唄ちゃんの腕の中はどうだった?」


「小学生相手にバブみを感じるとは思わなかった…って、何を言わせやがる」


「いや、そんなこと言わせるつもりはなかったが…」


 夏川が素で引いている。


「とりあえず動画を消せ。ついでに記憶からも消せ」


「こんな面白い動画を誰が消すものか。消してほしくば……って危なっ⁉︎」


「ちっ!」


 俺の伸ばした手はまたしても夏川に躱された。話してる途中ならイケると思ったのに。


「避けるな。大人しく動画を消せ」


「だが断る!消せるものなら消してみろ!」


「いい度胸だこのやろー!」


 ドッタンバッタン大騒ぎ。


「このどら焼きも美味しいのです!」


「そうだねー。お兄さん達がくれるお菓子って美味しいものが多いよね」


 スマホを取り上げようとする俺とそれを防ぐ夏川が騒ぎまくってるのに小学生二人は呑気にどら焼きを食べていた。


 どっちが子供か分からんな。

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