第14話 雀の魂百まで

 穏やかな風が吹き、桜の花びらが舞い踊る。空は青く澄み渡り、温かな日差しも相まって実にいい日だと思う。


「世界が滅ぶのもこんな日なのかもしれないなぁ…」


「何を物騒なことを言ってやがる…」


「よお夏川」


 声が聞こえた方に振り向けばそこには、呆れ顔の夏川がいた。


「個人的には世界が滅ぶ時はこんないい天気の日に唐突に滅ぶと思うの」


 何の前触れもなく爆弾が降ってきたり、地震が起こったりしてな。


「言いたいことは分かるが厨二病全開だな。今日から高校生なんだから厨二病は卒業しろよ」


 そう、今日は高校の入学式だ。


 期待と不安が混ざったような表情をした生徒がぞろぞろと高校を目指して歩いていく。そんな生徒達に混ざって俺と夏川も歩いていく。


 校門を通り過ぎ人の流れに沿って歩いていくと人集りができていた。よく見るとクラス割の掲示板を眺めている集団らしい。俺と夏川もその集団に混じる。


「おっ、またハルと同じクラスだな」


 クラス割の載っている掲示板を眺めていると俺より先に自分と俺の名前を発見した夏川が声を上げる。中学に引き続き夏川と同じクラスらしい。


「また同じクラスか。騒がしくなりそうだ」


「オレのせいみたいな感じで言ってるけどハルにも原因はあるからな」


「バカな…」


 夏川と戯れながら教室に向かう。夏川がいるなら退屈はしなさそうだ。






「おはよーハルに夏川君。また同じクラスだね」


 教室に入ると見慣れた顔が話しかけてきた。


「おはよう吉崎。お前も同じクラスなんだな」


「そうだよ。また三年間よろしくね?」


 掲示板を見た時には気づかなかったけど吉崎も同じクラスらしい。


「よろしくな吉崎!というかよく見たら知った顔がチラホラいるな」


「そうなのか?」


 クラスを見回していた夏川がそんなことを言うので俺もクラスメイト達に目を向けると確かに吉崎の他にも知った顔が何人かいた。


「この高校は私達が通ってた中学から近いからね。校風や進学率も悪くないし、何かやりたいことがあるって訳でもなければここを選ぶ人が多いんじゃない?」


「そんなものか」


 やりたいことがある奴は専門学校なり、その分野に力を入れている高校を選ぶだろう。逆に拘りがなければ家から近くてそこそこ評判の良い高校を選ぶのも頷ける。


 俺?もちろん家から近いからここの高校を選びました。






 夏川や吉崎と話していると入学式の時間になり、体育館に移動する。高校の入学式と言っても中学の入学式と大差はない。


 特におもしろいこともなく入学式で校長を始めとしたお偉いさん方のありがたいお話を聞き流し、再び教室に戻ってきた。少しして担任と思われる教師もやってくる。


「どこでもいいから席に着けー。HR始めるぞー」


 その言葉に従って近くの席に座る。こういうのって出席番号順じゃないのか?


「どうせ今日は授業もないし配る物もない。ならどこの席でもいいだろ。明日からは出席番号順に座ってくれ」


 割と適当だなこの教師。そんな俺の感想をよそに教師は黒板に自分の名前を書いている。


「このクラスの担任の青木征二だ。担当は化学。早速だが自己紹介をしていってもらおう。廊下側の前からな」


 そう言って自己紹介が始まる。展開が早い。


 何人かの自己紹介が済み、夏川の番になった。


「東中出身、夏川秀治。ただの人間には興味ありません。この中に宇宙人、みら「アホか」痛ってえなハル!なにしやがる!」


 ネタに走った夏川の額目掛けて消しゴムを投げつける。平面が当たったのかいい音がした。


「ネタに走んなネタに」


「普通に自己紹介したってつまらないだろ⁉︎」


「別にいいじゃん普通で」


「じゃあハルならどんな自己紹介をするんだ?」


「俺はハル!海賊王になる男だ!」


「お前もネタに走ってんじゃねぇか!」


 そう叫んで夏川が俺に消しゴムを投げつけてくる。


「痛いじゃねぇか!そもそもお前のは名作とはいえ何年前の作品だと思ってやがる!通じない奴のほうが多いだろ!」


「だからって海賊王はないだろ!自己主張が激しいわ!」


「SOS団団長だって自己主張が激しいだろうが!」


 ギャーギャー騒ぐ俺達。クラスメイトが引いてる気がするけど気にしない。


「はいはい、そこまで。みんな引いてるよ。普通に自己紹介しよう?」


 見かねたのか吉崎が溜め息を吐きつつ俺達を止める。


「じゃあ吉崎が手本を見せてくれ」


「えっ…?えーっと吉崎真白です。趣味は動画鑑賞。この二人とは中学でも同じクラスでした。よろしくお願いします」


 そう言って吉崎は自己紹介を終えた。こんなんでいいんだよと言わんばかりにこちらを見てくる。


「吉崎、お前にはガッカリだ」


「えっ?」


「この流れで何を普通に自己紹介してんだよ。そこはネタに走るところだろ?」


 夏川が呆れたように吉崎に告げる。


「おもしろ味に欠けるな。インパクトが足りない」


 続いて俺もそう言うと吉崎は拳を握り締めながらプルプルし出した。


「あなた達はねぇ…!」


「どうした吉崎。怒ってるのか?」


「怒ってないよ。私を怒らせたら大したものだよ」


 そう言う吉崎は笑顔だが体は相変わらず震えている。漫画なら青筋が浮かんでいることだろう。


「あー。もうその辺にしとけお前ら。お前らの中学は成績は良くてもバカが多いって話だったが噂は本当のようだな」


 今まで黙ってことの成り行きを見守っていた教師がそんなことを言い出した。失礼な。


「先生!そいつらと一緒にしないで下さい!風評被害です!」


「そうです!バカなのは一部の生徒だけです!俺は関係ありません!」


 同じ中学だった奴らが先生の言葉に異を唱える。


「うるせえバカ共!お前らも同類だろうが!」


「一緒にすんな!俺達はまともだ!」


「まとも〜?お前らが中学でしたことを晒してやろうか?」


「ふざけんな!やめて下さいお願いします!」


 互いにバカと言い合うバカ共はだんだんヒートアップしていった。


「お前と更科はバカのくせにいつも吉崎や氷上みたいな綺麗どこと一緒に居やがって!そこ変われ!」


「オレに文句言う前に自分で誘えよ…」


「誘ったけど吉崎にはみんなと一緒ならと言われ、氷上には一刀両断されたわ!」


「……すまん。まあオレも二人きりで出かけたことはないから」


「フォローすんな!惨めになるだろ!」


 クラスメイトがドン引きしているにも関わらず口喧嘩する夏川を始めとした我が同窓生達。まったく困ったものだ。


「何自分は関係ないみたいや顔をしているのかなハルは?」


「イテテテッ!離してくれ吉崎」


 やれやれ系主人公みたいなノリでいたら吉崎に頬を引っ張られた。暴力反対!


「……騒がしい三年間になりそうだな」


 青木先生がポツリと呟いた言葉に頷いた生徒が多くいたそうだが、同中の奴等は誰も聞いていなかった。






____________________________




「そんな訳で入学式は散々だった」


「初日から飛ばしすぎじゃないのー?お兄さん」


 入学式を終え早々に帰宅した俺達は俺の家に集まっていた。彩音や氷上、小唄ちゃんもいる。


「先輩達は楽しそうですね。こっちは何も面白いことはありませんでしたよ。くっ、私もあと一年早く生まれていれば…!」


 今日高校であったことを語ると普段と変わらない一日を過ごしてきたらしい氷上が悔しそうな声を上げる。


「ちなみに氷上ならどんな自己紹介をするんだ?」


「I am the born of my sword」


「自己紹介ですらないじゃねぇか。せめて名前は言えよ」


「あはは…瀬奈ちゃんも同じ学年なら楽しそうではあるけどハル達と一緒に騒ぎそうだよね。今以上に苦労しそう…」


 額に手をやりながら溜め息を吐く吉崎からは苦労人オーラが漂っている。中途半端に真面目だから苦労を背負いこむことになるんだ。もっと開き直ればいいのに。


(まあ昔に比べればマシか)


 吉崎は昔から面倒見が良く、人に頼られるのが多かった。その結果あれもこれもと色んな苦労を背負いこんで押し潰されそうになっていた。当時の俺が頼まれたからって自分のやりたいことを我慢してまでやるなんてバカじゃねーの(意訳)って言ってから好きに生きることを覚えたようだが。


「とりあえず乾杯しようぜ!話すのはそれからでもいいだろ」


「それもそうだな」


 ジュースを注いでいた夏川からグラスを受け取り各自に渡す。お菓子の袋も開けて準備は整った。夏川が徐に立ち上がる。


「桜舞い散る今日この頃皆様いかがお過ごしでしょうか?早いもので我々も高校生と「夏川先輩長いです。巻いてください」分かったよ!高校入学と最高学年への進級おめでとう!乾杯!」


「「「「「かんぱーい!」」」」」


 部屋にグラスを合わせた音が鳴り響き、ジュースを飲んで各自の喉が鳴る。


「美味い!この一杯の為に生きている!」


「ビール飲んだおっさんかよ」


 十年先の未来で同じことを言っている光景が目に浮かぶ。


「お兄さん達ももう高校生かー」


「高校生といえば青春真っ盛りなのです。部活で全国を目指すもよし、バイトに勤しむのもよし、気になるあの子とお近づきになるのもよし、盗んだバイクで走り出すのもよし。選り取り見取りなのです」


「中学までと比べると自由度があがりますよね」


 義務教育組はどことなく羨ましそうだ。


「確かに今までより選択肢は広がるだろうけど、その分行動に責任が付随するようになるけどね」


「将来のことも考えないとだしな。受験勉強もあるし」


 そうは言っても将来、将来ねぇ…。まだ何も考え付かないな。


「おいおい!今日入学したばかりなのになんでそんな気が滅入ることを考えてんだ⁉︎楽しくいこうぜ!」


「夏川先輩はお気楽ですね。将来の進路はもう決めているんですか?」


「まだだ!とりあえず毎日を楽しく生きて、やりたいことが見つかったら頑張る!それでいいだろ⁉︎」


 夏川らしいお気楽な意見だ。だが一理ある。


「そうだな。まだまだ人生長いんだ。そんな生き急ぐこともないか」


 そんなことを言っていたらあっという間に三年間が過ぎそうな気もするが。まあどんな人生だろうと楽しければいいさ。

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