遂に『犬神家の一族』を読む、その2
『犬神家の一族』という物語は、犬神佐兵衛の性の遍歴がバックグラウンドにある。
恩人〈野々宮大弐〉の妻〈野々宮晴世〉と関係を結び、三人の妾(松子、竹子、梅子の母達)を飼い殺しにし、女工〈青沼菊乃〉に手を付け、〈野々宮晴世〉以外には自らの種まで植え付ける。
ただ、性的に奔放だったのかと言えば、遊郭で女遊びに狂った等の描写は全くなく、上記の女達との関係しか言及されない。そして、生涯独身であった理由は「添い遂げられなかった人妻〈野々宮晴世〉との愛を貫く為」で、本当は一途な男であるかのように説明される。
が、その後、女工の〈青沼菊乃〉と関係を持ち、二人の間に誕生した〈青沼静馬〉に全財産を与えたいと遺言するまでに愛していた。また、同時に性の捌け口として妾を三人囲っていた。
事程左様に、非常に矛盾に満ちた人物造形である。
全く出自の分からない放浪の少年だった佐兵衛。彼を救った恩人〈野々宮大弐〉は、事実上の同性愛者として設定されている(妻に対しては全く不能者だったと説明される)。
佐兵衛は〈野々宮大弐〉と衆道の契りを結ぶ。乞食同然の佐兵衛が保護された当時、彼は十七歳。この段階の佐兵衛は恐らく童貞であったろう。性の事始めが同性愛、しかも佐兵衛は異性愛者であった可能性が高い(両性愛者の可能性もあるが、前述の通り〈野々宮大弐〉以外の同性と関係を持った形跡はない)。
ここから湧く疑問は、果たして双方の同意に依る関係だったのかどうか。もっと踏み込めば、命の恩人からの性加害だったのではないか、である。その後の佐兵衛の『鬼畜の所業』は、〈野々宮晴世〉との純愛の未成就よりも〈野々宮大弐〉との衆道の契りが根深く影響したのではないか。
佐兵衛の成功の裏には〈野々宮大弐〉に依る金銭的なバックアップがあった事も描かれる。佐兵衛は終生、恩義を感じていたとある。今時の言い方ならば「神官の野々宮さんには感謝しかない」とコメントするに違いない。
そもそも作者(横溝正史)は何故、衆道の要素を取り入れたのだろうか。
推理小説以前の探偵小説は「お化け屋敷」(松本清張談)だったという。如何に奇々怪々な設定を
だが、同性愛に関しては今も昔も『加害』『被害』の構図が介在する余地などないかのように、『純粋な愛』としての幻想を仮託してしまう嫌いがある(現在のBL、ブロマンスにも通ずる)。
1976年の映画版で金田一はこう分析する。
「生涯唯一人、本当に愛した女性が恩人の妻だったという佐兵衛翁の鬱積した感情は、金、女、権力、人間の有りと有らゆる欲望を貪り食い尽くしたんでしょう」
どういう訳か、衆道の関係には言及しない金田一。昭和の時代であれば、この説明で皆を納得させられたかも知れない。
しかし、令和の現在、我々は『鬼畜の所業』を働いたという人間に「それでも感謝している」と公言する人達の存在を、その実在の事件について、一連の報道を通じて知っている。
冒頭で『矛盾に満ちた人物造形』と書いたが、佐兵衛の真の行動原理は『性被害のトラウマから逃れんが為に金、女、権力に耽溺する』事にあったのではないだろうか。
全て完全なる深読みに過ぎないが、令和の時代に『犬神家の一族』を新たに読み直す意義は充分にあると思う。
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